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2007.05.05

Golden Baby




この帰郷中に、

僕の身近に、ひとつ

新しい生命が生まれた。

甥っこ。



それにしても、

どうして

悲しくて涙する「なく」と

最初の産声の「なく」は、

こんなにも違うのに、

全く同じ「なく」なんだろ?

なんて、

ホントにどうでもいいことを、

産声を聞いた時に思ったよ。



人間、

どんなに切実な状況の中でも、

その脈略からは、

はずれた行動をとっちゃうもんだ

とは言うけれど、

それは本当だったよ Baby。



ようこそ。

お誕生、おめでとう。

Posted at 17:37 | ライフ | COM(10) |
2007.05.02

今日の越後は、



雨降りです。

特に予定もなく、散歩もサイクリングもできないので、
取り留めのないことを書こうと思います。

昨日、父親の部屋の模様替えを手伝っていたら、
新しく届いた(といっても中古の)デスクの引き出しから、
使い古しの鉛筆が数本出てきた。

みんな同じくらい短くて、しかもちゃんと削ってある。
使い込んでる。

もちろん職業にもよるけれど、
今時あまり見ないモノだったので、思わずパチリ。

僕の左の掌には、鉛筆の芯が刺さった跡がある。
もう十年以上前からかなぁ。
刺さった時は、もちろんすぐに抜いたけど、
鉛が全部抜けきっていなくて、黒くホクロみたいに残ってる。


話は変わって、
最近読んだ本に面白いことが書いてあった。
僕らは、経験したことを言葉で表現すると、
経験そのものを誤って記憶しやすいらしいと。
(おぉ、まさに今僕がやっているこの行為じゃないか・・・)

言葉は、経験をかいつまんで表現するから、
しかも言葉の数は、経験の数ほどに多くはないから、
経験の言語化という作業は、どうしても、
開いた花びらを、再びきゅきゅ~っと
つぼみに戻すかの様な、圧縮の作業が必要になるのだろう。
(たぶん。ココは僕の解釈だけど・・・)

その過程で僕らは「経験そのもの」よりも、
むしろ「言語化された経験」の方を記憶してしまう、らしい。

もちろん、それは決して悪いことではなくって、
そうやって次々に起こる無数の出来事の
ポイントだけを記憶するという、優れた特徴でもある。
だって「生きた分だけの長さ」の記憶なんて、持てっこないんだし。


でもやはり、ホントに大事な経験を、
すぐに言葉にしてしまうのはもったいないのかも知れない。
ある程度、味わって、まどろんで、
場合によっては言語化なんていう作業は、
その後のあと片付けの様にすればいい、のかも知れない。

ということを心に留めつつ、
これからもココを書いていきたいなぁ、と思う。
Posted at 14:30 | ライフ | COM(10) |
2007.05.01

香りよ、立て。





帰省の際には、
いつもコーヒーミルも一緒に連れて帰るのですが、
なにせマイミルは手動なもんで、家族分3~4人前の豆を挽くのはキツい。
もう、ほとんど筋トレ状態と化します。

でも、挽くのは面倒だけど、
たくさん入れるのは、けっこう気持ちいいんですよね。
Posted at 08:26 | ライフ | COM(0) |
2007.04.29

life&bicycle



自転車で通勤を始めてから、
毎朝、大きな公園の中を走ります。

犬と散歩をしている人、
ジョギングをしている人、
ベンチで日光浴をしている人(たまに僕も)、
色んな人たちの「朝」の横を通り抜けて。

緑もいっぱいで、とても心地いい。

電車での通勤も、車中では読書ができるし、
それはそれで楽なのですが、

チャリンコで走るのは、身体を動かすことと、
視界に飛び込んでくるものの刺激の多さという点で、
今の僕にとって、とても新鮮。

何を思うにも、
脳内に「既に在るもの」が素材になるのだから、
一見どんなに斬新に見えるような発想も、
それらの「既に在るもの」の戯れの産物にすぎない。

そして、もちろん「既に在るもの」は、
そこに何を入れるかによって、日々変化していく。

だから、
日々何を視るか、は、きっと、
日々何を生むか、に繋がるんだと思う。
Posted at 11:08 | ライフ | COM(4) |
2007.04.14

オハヨー



自分の日常は、
決して「素晴らしく」はないけれど、
丁寧に目を向けてみると、
案外、色んな素材がころがっているんだ
ということに気付いたりします。

あ、決して
ブログネタとしての「素材」じゃないですよ。

まぁ、それもありますが、
何て言うんだろ、もっとこう、
意識はしてないけれど、自分を支えてくれている者たち
みたいな感じでしょうか。
日常も、まんざら捨てたものではありません。

ゲーテが言っています。
「 素材はだれの前にもころがっている。
  内容を見いだすのは、それに働きかけようとする者だけだ。」

今日の東京は、
とても気持ちのいい天気です。
Posted at 09:50 | ライフ | COM(8) |
2007.04.09

まるで、

水を得た魚のように、
コイツで爆走しております。



社会人になりたての頃、
先輩に「行動範囲が思考範囲を決める」と言われた。
そのちょっと前に、先輩は車を買っていて、
そしてその10年後に、僕はチャリンコを買った。

うつわ、小さすぎ・・・(笑)
Posted at 08:00 | ライフ | COM(4) |
2007.04.08

A storm of falling cherry blossoms.

桜吹雪という言葉があるように、
桜が散るさまは、雪が吹きつける様子に例えられますが、
雪国育ちの僕としては、吹雪に見舞われた際、
そんな優雅な想いにひたってはいられません。(笑)



最近、春の陽気に誘われて(?)
チャリンコを購入してしまったので、
昨日はそれに乗って、のんびりと街を散策してみました。
できる限り、普段は選ばないような道、
より分からない方の道を選んで、必死にペダルを漕いで。

一時間程たっぷり迷ったあたりで、
桜咲く、とある霊園を見つけました。
こりゃ綺麗だ、とチャリンコを降りてしばらく歩くうちに、
幾度となくやや強い風が吹き、僕は桜吹雪を浴びました。

それは体感的にも視覚的にも、とても気持ちの良いものでした。
本当の吹雪はキツいけれど、これならいいなぁ
なんて思って、花びらが地面や墓石に降り注ぐさまを、
ただ、ぼ~っと眺めていたら、
硬く冷たい墓石、その合間に覗く土と、
桜の花びらの柔らかな桃色とのコントラストが映えて、
思わず涙しそうになってしまいました。



ひとしきり感傷にひたった後、
気持ちを180度切り替えて、近所に住む人たちのことを思いました。
この付近に住んで、毎年この光景を眺めている人たちは、
僕が新潟で、吹雪のことを「こりゃ、キツいわ」としか思わないように、
この桜吹雪を「あら、また散るのね」くらいにしか
思わなかったりするのかなぁ、と。
人間は放っておくと、どんどん慣れてくものですし。

ただ美しいものはない。
というような言い方がよくされます。
あらゆるものは、それ自体で「価値」なのではなく、
他のものとの関係性に於いて何らかの価値を帯びて在る、のだと。

何をどう思うかは、
そのものの於かれた物理的な状況や、
それを見る者の心的な状態に依りますが、
桜の花びらが「多くの方々の永眠の場」に降り注ぐさまを、
その時の僕は、美しいと感じました。

恥ずかしながら、
この歳になって初めて、桜のことをいいなぁと思い、
やはり初めて、「四季」のことを想ったのです。

そんな感じの4月7日、チャリンコ散策。


梶井基次郎の「路上」という短編で、
主人公が独り必死に、転びながらも崖を昇ったあげく、
そのあまりの強烈な内的体験のためか、
逆に自らの経験のリアリティを保つことができなくなってしまう
というような話があります。
結局は、帰宅後に鞄の中に入った「泥の固まり」を見つけることで
現実との接点が、かろうじて保たれるのですが、

それに憧れた僕は、
この霊園での体験を、どうしてもリアルに持ち続けたくって、
ちょうどリュックの上に付着した花びらを一枚、
そのままポケットへ押し込んだのでした。


追伸:
相変わらず、日記風に書かせたらこの支離滅裂さ、
僕の右に出る者はいないでしょう。(笑)
Posted at 11:51 | ライフ | COM(6) |
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