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2007.04.21

無いものを



昔の日記や作品を、全く持っていない。
全部捨てちゃってる。

特に「捨てること」にこだわりはないけれど、
逆に「持ち続けること」にこだわりもない。

ときどきは思い起こして、
あぁ、見たいなぁ、読みたいなぁ・・・
と思うけれど、

もしずっと手元にあったなら、
見たいなぁ、読みたいなぁ・・・という
あの独特な「無いものを想う感覚」も持てないんだろうなぁ、
とも思う。

見ることで想うか、
見ないことで想うか。
この記事へのコメント
miyacoさん、こんばんわ。

それは「リアル」ってのとは、ちょっと違うかも知れませんね。
う~ん、不思議。「これぞ」に限って見つからないとは・・・

ところで、
スクリーン・メモリーって考え方があって、
イヤな記憶なんかを隠すために、
自ら別の記憶を捏造してしまうことを言うらしいのですが、
miyacoさんの「これぞ」は、ひょっとして
意識の奥そこでは隠蔽したい記憶だったとか?(笑)

すんません・・・

でも、誰かに記憶を見つけられたり、
その逆に誰かの記憶を見つけてあげたり。
記憶の「持ちつ持たれつ」って面白い発想ですね。
Posted by littleblue at 2007.04.22 22:09 | 編集
私はけっこう「とっておく」派なのですが、
ずーっととっておいたはずの日記を、
昨年突然読み返したくなって探したら見つからないんです…。

ほかにも、いろいろ探す中で「これぞ」というものだけ見つからなかったり。


記憶もそうで、
とっておいたはずのものが無かったり、
誰かに見つけてもらったり、偶然見つかったり
しました。

その「ある」と「ない」との絶妙さ加減に
見えない作為的な力さえ感じるほど。笑

それは「リアル」なのかなぁ。
Posted by miyaco at 2007.04.22 12:32 | 編集
新宿御苑さん、こんにちは。

今ここには無いものって、
どうして美しく感じるんでしょうね?
無いから、思って、思って、自分の中で美化しちゃって・・・

でも、もしその後に、
無いと思っていたものに再び出会うことができたなら、
その自分の中で膨らんでしまった姿と、
現実の姿とのギャプを、
逆に「魅力」として感じることもあります。

な~んだ、思ってた程じゃないな。っていうのが、
逆に「リアル」として魅力的に見えたりってことも。
Posted by littleblue at 2007.04.21 22:17 | 編集
ないものを想うとき…それが、もともとのそれよりも、美しく感じたりします。

想い出もそうだし、人もそうだし、物も。

いなくなってあらためて、大切さがわかる、感じる、無い物を想う、切ないような、ワクワクするような、気持ち。
無いから、より想うよりも、あって、居てもっとよく想えればいいな。
Posted by 新宿御苑 at 2007.04.21 12:18 | 編集
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