--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2006.06.01

守りたかったのは

「 延べられた手を守った その時に 守りたかったのは自分かもしれない 」

 BUMP OF CHICKEN 「supernova」より

この歌詞が、ずっと気になっていたんです。
他人のことを想っているつもりで、
実は自分のことを思っていた、ということが
臆病な僕には、たくさんある様な気がして・・・

「延べられた手」を守ることで、
自分は何かを守っている強い存在なんだ、と思いたいのか?
「延べられた手」を守ることで、
何かを守っている自分の姿を、もっと他人に見て欲しいのか?

そんなことは、どうでもいいことのはずなのに・・・
この記事へのトラックバックURL
http://lionni.blog42.fc2.com/tb.php/111-e31cba00
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
ganbaさん、ありがとうございます。
そうかぁ、なるほど。
そういう目で見て頂けると嬉しいです。(笑)

「相手を傷つけるかもしれない」と思ってのことだとしたら、
僕にはそれで「傷つけられた」経験があるのかな・・・
ちょっと考えてみよっと。

でも僕、けっこう「優しくはない」って言われるタイプなんですよ。
Posted by littleblue at 2006.06.03 08:58 | 編集
この記事と、littleblueさんのレスを読んで気付いたことがひとつ。
躊躇したのは、「相手を傷つけるかもしれない」という不安。
経験もなく言葉を並べて、もしかしたら傷つけることがあるかも・・・と。
そして相手を傷つけてしまった時に傷つく自分・・・(ここら辺は私の勝手な想像かもしれませんが^_^;)
結局は自分を守ることなのかもしれないけれど、根底にあるのは「優しさ」ですよね。
こうやって自分と正面から向かい合って言葉にできるlittleblueさんは、やっぱり素敵な人だと思います^^
Posted by ganba at 2006.06.03 03:34 | 編集
miyacoさん、ありがとうございます。

>お互いそれに満足できたのか、のほうが・・・
なるほど、重要ですね。

「守りたかったのは自分だった、かもしれない」と後で思ったとしても、
その時にお互いにとって、それが必要であれば
それでいいの「かもしれない」ですね。

僕とは違う視点で視て下さって、面白い。
Posted by littleblue at 2006.06.02 07:02 | 編集
jasuminさん、おかえりなさい。でしょうか?
早々に考えさせちゃってゴメンなんさい。(笑)

久しぶりに「ことば」を取り上げたい気持ちになりました。
先日、ある方のブログへコメントするのを躊躇する自分に気付いて、
それは何なのか?と考えたところ、この言葉が見えてきた。
充分なことを言えないかもしれない。言えなかったら、
自分への信頼がなくなるのではないか、という不安。
結局、「守りたかったのは自分」だった・・・
Posted by littleblue at 2006.06.02 06:56 | 編集
>そんなことは、どうでもいいことのはずなのに・・・
↑に同感です。(でも、気になりますよね。)

“かもしれない”のだから、
“違うかもしれない”でもあるのです。

お互いそれに満足できたのか、のほうが
わたしは気になります。

っていうか、
聴いた人にそういう気になるたねを残せる歌詞って
すごいなぁ、と思います。
Posted by miyaco at 2006.06.01 20:19 | 編集
以前聴いたとき、私もこの言葉

ズンと心に落ちてきました。

そのことを

ここで思い出しました。

強い強いと言われて、強い自分を維持するために
他者を守ることで自己確認している自分って・・・
本当は弱い そういう自分がいるのかもしれません。
Posted by jasumin at 2006.06.01 13:22 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。