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2007.06.24

Prologue


茂木さんの著書『脳と仮想』は、
冒頭「サンタクロースは存在するか?」という
ひとつの問いの提示から始まっている。

これに対して、
「この問いほど重要な問いは、この世界には存在しない」と述べられ、
「サンタクロースは仮想としてしか、十全には存在しない」というスタンスで、
次章以降、さらに深い考察へと入っていく。

例えば「蛍」について。
戦後まもなく、亡くなった母親の姿を川沿いを飛ぶ蛍に見た、
という体験を語った小林秀雄のエピソードを採り上げて著者は言う。

「夕暮れの川沿いを、光の点が飛んでいく。これは、物質的現象である。この
 物質的現象は、数にすることができ、方程式にすることができる。それを、
 蛍と見る。普通はこれを客観的認識だという。
 だが、一体客観的世界に『蛍』という実在が存在するのか?そんなものは存
 在しない。物質として存在するのは、点滅する先端を持ち、二つの開閉する
 硬質の覆いが付属した三センチくらいの『何か』である。その『何か』が暗
 闇を光りながら飛ぶ。暗闇の光を『蛍』だと認識するのは、人間側の勝手な
 思いこみに過ぎない。『蛍』とは、客観的な現象ではなく、一つの生成され
 た仮想なのである。」

見て、認識するという、
僕らが日常的に何の苦労もなく行っているの当たり前のことを、
あたかも一度ひっくり返している様に見えるけれど、
実のところ、上の様な見方のほうこそが真実なんだろうと思う。

こんなふうに世界を捉えられる人が、僕にはとても信用できる。
ノームや妖精の世界についても、これと似たところがあるんだろうか?
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2007.06.24

瞬間



Posted at 13:44 | 路上にて | COM(2) |
2007.06.24

ブレッソンを観た。


世界中で「決定的瞬間」を捉え続けた写真家、
アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson)
の展覧会を観た。




ブレッソンに限らず、
いわゆる「スナップ」と呼ばれる様な
日常の一コマを切り取った写真の魅力のひとつは、
同じフレームの中で複数の人生が交差し、
その共存を露に観てとれるところにある、と僕は思う。
(要は、一枚の写真の中に色んな人が写ってるってことです)

同じ時間、同じ場所にいて、
ひとつのフレームに納まったって、
やっぱりその中には、写った人の数だけ人生が在る。
笑う者がいて、叫ぶ者がいて、泣く者がいて、
ただぼ~っとしている者がいたりして。

同じ場所にいるからって、同じものを見てるとは限らず、
同じものを見てるからって、同じことを感じてるとは限らない。
個々の生は常にバラバラに進行していて、
その「バラバラ」が、ひとつのフレーム内に集約されても尚、
やはりどうしようもなくバラバラとしている。

「個」ってそんなもんなんだな、こりゃ。
と、思ったりする。


「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌」
東京国立近代美術館(MOMAT)にて。
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