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2007.04.08

A storm of falling cherry blossoms.

桜吹雪という言葉があるように、
桜が散るさまは、雪が吹きつける様子に例えられますが、
雪国育ちの僕としては、吹雪に見舞われた際、
そんな優雅な想いにひたってはいられません。(笑)



最近、春の陽気に誘われて(?)
チャリンコを購入してしまったので、
昨日はそれに乗って、のんびりと街を散策してみました。
できる限り、普段は選ばないような道、
より分からない方の道を選んで、必死にペダルを漕いで。

一時間程たっぷり迷ったあたりで、
桜咲く、とある霊園を見つけました。
こりゃ綺麗だ、とチャリンコを降りてしばらく歩くうちに、
幾度となくやや強い風が吹き、僕は桜吹雪を浴びました。

それは体感的にも視覚的にも、とても気持ちの良いものでした。
本当の吹雪はキツいけれど、これならいいなぁ
なんて思って、花びらが地面や墓石に降り注ぐさまを、
ただ、ぼ~っと眺めていたら、
硬く冷たい墓石、その合間に覗く土と、
桜の花びらの柔らかな桃色とのコントラストが映えて、
思わず涙しそうになってしまいました。



ひとしきり感傷にひたった後、
気持ちを180度切り替えて、近所に住む人たちのことを思いました。
この付近に住んで、毎年この光景を眺めている人たちは、
僕が新潟で、吹雪のことを「こりゃ、キツいわ」としか思わないように、
この桜吹雪を「あら、また散るのね」くらいにしか
思わなかったりするのかなぁ、と。
人間は放っておくと、どんどん慣れてくものですし。

ただ美しいものはない。
というような言い方がよくされます。
あらゆるものは、それ自体で「価値」なのではなく、
他のものとの関係性に於いて何らかの価値を帯びて在る、のだと。

何をどう思うかは、
そのものの於かれた物理的な状況や、
それを見る者の心的な状態に依りますが、
桜の花びらが「多くの方々の永眠の場」に降り注ぐさまを、
その時の僕は、美しいと感じました。

恥ずかしながら、
この歳になって初めて、桜のことをいいなぁと思い、
やはり初めて、「四季」のことを想ったのです。

そんな感じの4月7日、チャリンコ散策。


梶井基次郎の「路上」という短編で、
主人公が独り必死に、転びながらも崖を昇ったあげく、
そのあまりの強烈な内的体験のためか、
逆に自らの経験のリアリティを保つことができなくなってしまう
というような話があります。
結局は、帰宅後に鞄の中に入った「泥の固まり」を見つけることで
現実との接点が、かろうじて保たれるのですが、

それに憧れた僕は、
この霊園での体験を、どうしてもリアルに持ち続けたくって、
ちょうどリュックの上に付着した花びらを一枚、
そのままポケットへ押し込んだのでした。


追伸:
相変わらず、日記風に書かせたらこの支離滅裂さ、
僕の右に出る者はいないでしょう。(笑)
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Posted at 11:51 | ライフ | COM(6) |
2007.04.08

将来、



今よりもっと広い部屋に住むことができたなら、
こんなのを、絶対に置きたいんだ。

そして例えば、
長新太のとなりにベルクソン、
そのとなりにPRIDE GPのパンフレットみたいな・・・

そんな本棚世界を、きっと描くんだ。
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