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2007.03.31

土曜日は、



ことり文庫さんに伺いました。
2度目です。

最近は、
ずっとコーヒーばかり飲んでいたんだけれど、
気合いを入れてスコーンを食べる時には、
やっぱ紅茶の方が合うんだなぁ、と気付かされた一日でした。
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2007.03.31

ないじゃん。



起承転結の「結」としての
分かりやすい解決が成されないままに終わる映画ってありますが、
そんなのを何本か観ていると、

逆に、テレビドラマの様な
分かりやすい結論を提示されるものの方が
窮屈に思えてきたりするから不思議。

と、先日放送された「世にも奇妙な物語」を観ていて思った。

分かりやすい答えで完結したりせず、
その「結」の部分を、
あえて不明瞭なまま観る者の現実の中へ「放る」、とでも言うのかな。
そんなカンジの方が、なんかしっくりくる。

だって、そんなに短い放送時間の中で、
一つの結論に至ることも、それによってストーリーを完結することも、
する必要なんて、ないじゃん。
2007.03.29

春ですね。



写真は去年の春。
2007.03.25

レザーを切って、



グラスの下に敷いてみた。
材料費は30円くらい。

コースターは、こんなんで充分かも。
Posted at 15:08 | もの | COM(2) |
2007.03.24

ふらふら



茂木さんばかり読んでるわけじゃないんだけれど、
やはりどうしても、茂木さんの言葉が引っかかってきてしまう。

「 初めての時に、よろよろふらふらみっともない。
  そのような脆弱さの中にこそ、生命の本質は顕れるのであろう。」

「 輪廻転生でも信じていない限り、
  生きるのも初めて、死ぬのも初めてであるはずだから、
  そりゃあよろよろ、ふらふらもするさ。
  しかし、それが地上にささやかな生を受けた
  私たちの価値というもんだろう。」


昨晩、
久しぶりにジョギングしたら、キツかった。
細胞のひとつひとつが・・・ とまでは言わないけれど、
筋肉が、血流が、明らかに着いてきてない感じ。
足も視界も、ふらふらだった。

それでふと、「そういやぁ、数ヶ月前の姪もふらふらだったなぁ」
ということを思い出した。
歩き始めたばかり、一心不乱に目の前の風船を追う姪の姿もまた、
ふらふらだった。

考えてみれば、
地球上における生物の繁栄の歴史それ自体が、そもそも、
ある意味では「ふらふら」だったとも言える様な気がする。
数十億年という永~いスパンの中で、
何度も何度も、絶滅(?)しては、またどこからか再生してきた生命は、
決して「ウマいこと」進んできただけではないんだと。
きっとその歴史は「ふらふら」だったんだろう。

何かに慣れて、徐々に洗練されていくということは、
それはそれで美しいのかも知れないけれど、
慣れるとは、自分の手の届く範囲を操るということでもあって、
能力的に既に獲得された範囲内で生きること、とも言えるんじゃないか?


久しぶりにジョギングすると、
一度はダレかけた筋肉たちが、壊れて、再生し始める。
ふらふらになりながらも、ベッドに入る頃には本当に気持ちがいい。

そうか、「ふらふら」って気持ちがいいのか。
そう思うことができる。
2007.03.23

こちらへどうぞ。



最期のメッセージ・・・?

at 梅が丘
Posted at 07:54 | 路上にて | COM(4) |
2007.03.22

フレミング


事物を作りだすのは視点である。 ソシュール



ある視点を持って見た時にはじめて
そう見えてくることって、ありますよね。

ほ~ら、見えてきた。
右手の法則に。

at 六義園
2007.03.21

SHISEIDOの、



瓶。

たぶんきっと、
アンティークでもなく、特別に良質なものでもなく、
ちょっと古いだけの、瓶。

僕、そんなんでいいんです。
資生堂の、この唐草が好きだし、
SHISEIDOというイメージも好きだから。

骨董市で、一個300円。何に使おうかな。
今使ってるハンドクリームを入れ替えようかと思ったけれど、
ちと汚いかな・・・
Posted at 17:58 | もの | COM(2) |
2007.03.20

続・untitled





2007.03.19

untitled





2007.03.19

Apple Store Ginza



近くで座って休んでいたおばあちゃんが、

「アップルなんだから、赤くすればいいのにねぇ」と言っていた。

確かにそうなんだけど・・・
いろんな意味で評価の高いアップルデザインも、
おばあちゃんの手にかかってしまえば、こんなもんなんだなぁ
と、しみじみ思った。

いとも簡単に「赤くすればいい」と言ってしまえる。
おばあちゃんって、いや、言葉ってスゴイ・・・
2007.03.18

今日の東京は、

まだまだ寒いけど、とてもいい天気です。

「 生きていく上では、重要なものとそれ以外があり、
  重要なことだけを押さえておけばよいと考えるのは、
  自らの思考の周りに人工のガラス瓶をつくるようなものである。」

  茂木健一郎 「脳と創造性」より



ということで、
ノッポンくんに久々にご出演いただきました。
(が、それは置いといて・・・)

例えば、
自分の好きなものだけを求め、
それだけでガチガチに身の回りを固めてしまうっていうのは、
ある意味「自分という範囲」から一歩も出ていない
という事にもなるのかも。

予定したことが、予定通りだけで済んでしまったら、
それはやはり「自分という範囲」内でしかなくて、
時としてそれは、とても窮屈。

だから、
いかに「それ以外」の侵入を拒まない自分でいられるか、
に憧れたりします。(それがまた難しいのですが・・・)


東京と違って、
新潟は雨天のとても多い地域です。
そんな土地で、もしずっと「人工のガラス瓶」の中にいれたら、
僕の大嫌いな雨を避けることはできるけれど・・・
陽の光も、風も、匂いも音も、きっとイマイチなことと思います。
Posted at 11:02 | ことば | COM(4) |
2007.03.17

季節はずれ



ヒマワリみたいなライトを見つけた。



本日、銀座にて。


はやく暖かくなんないかなぁ・・・
2007.03.16

炭火焼一助



2006年11月に、
新潟県三条市にオープンした「炭火焼 一助」。

炭火でじっくり焼き上げる食材には、
鳥だけに限らず、野菜や海鮮も揃えています。
お持ち帰りもできますので、ご家庭でもお楽しみ頂けます。

木の温もりを大切にした店内は、
カウンター席・テーブル席・お座敷の30席。

また、
お座敷にてミニ焼き台をご用意し、
お客様ご自身で、焼いて楽しんで頂くこともできます。
(詳しくは、直接お店へお問い合わせ下さい)



〒955-0046
新潟県三条市興野2丁目2-58 りとるたうん(旧ラブラブシティ)内
TEL・FAX:0256-34-5112
営業時間:PM5:00-AM2:00【水曜定休】

備長炭の力を、ゆっくりとご堪能下さい。
Posted at 07:34 | お知らせ | COM(0) |
2007.03.13

ひゃく と ゼロ

たっぷりの干し草を食べて、100リットルの水を飲んで、
一日ひとつのうんちをする、生まれたばかりの象。

二年目、同じ様に
たっぷりの干し草を食べて、100リットルの水を飲んで、
今度はうんちが、ふたつになった。

そうやって、
毎年ひとつずつ、うんちの数は増えていき、
50歳では、象の予想通り50個に。
ところがその翌年、51歳になった象のうんちは・・・

(なので、もしお食事中でしたら後ほどお読み下さい)



「ぞうのさんすう」 ヘルメ・ハイネ さく いとうひろし やく


うんち、別名「大便」。

それは、生命からの「大きな」「お便り」です。
本来自然の一部として在ったものが、
自らの体内を経て届く、大切な大切なお便り。

主人公の象は、
このお便りを読み解く力を持っていたのでしょう。
象は自らの死期を悟る動物だと言われますが、
この本で、それはうんちの数によって示されます。

50歳までは毎年ひとつずつ増え続けたうんち。
ところが、51歳の朝には49個になり、
その後は一年ごとにひとつずつ減っていく。
48、47、46、45、44、43、42、41、40、39、38、37、36、35・・・
そしてついに、「さいごは はじめと おなじ」になり、
象は「うんちを しなくなったぞうが いくところ」へ向うのです。
そういう、ちょっと哀しげなお話。

モノクロの細い線画で構成された絵が、
その哀しさを、いっそう引き立てているかに見えますが、
淡々と、やや引いた視点で描かれているためか、
訴えかけてくるのは「同情」ではなく、
むしろ、「考えること」である様に思われます。

「 ぞうは しあわせでした。
  100年 いきてみて、やっと ゼロというものが わかりました。」

象は、決して哀しくはなかったのです。
Posted at 07:49 | 絵本 | COM(4) |
2007.03.11

雪国育ちだし

様々な雪の結晶の写真に、
詩人や著名人の「言葉」が添えられています。英語で。











Kenneth Libbrecht 「 SNOWFLAKES 」

僕は英語ができないので、
ただ、この形たちを眺めているだけなのですが、

不思議ですね。
もちろん自然物なんだけれど、
じっと見ていると、その規則的なパターンに、
どうしても人工物を想像せずにはいられない。

想像しつつ、
とは言え、やっぱりそれは自然のものなんだと、
思い直し、感嘆する。

意識の中で、
その二つの捉え方が椅子取りゲームしてるみたい。


でも、
僕たちの心の中でも、
一見正反対の感情が同居していて、
それらが交互に立ち現れてくるっていうことはよくあるし、

例えば、仏教と自然科学など、
一見対立的に思える概念同士でも、
ある地点に於いては、重なった様に見えることもあるというし、

だからきっと、
どちらか一方なのではなくって、
両方あってこその「世界」なんであって、
じっと眺めることでその両方が見えてくるっていうのは、
考えてみれば当然のことなのかも知れません。

そんな感じで、眺めるのにいい本です。
・・・って、全く本の紹介になってませんね(笑)

ことり文庫さんで、買いました。
Posted at 11:25 | 絵本 | COM(2) |
2007.03.11

散歩中、

ふと思い出した。
専門学生の時、卒業間際に先生に言われたこと。

「 金持ちにも貧乏人にも、老人にも子どもにも、
  どんな人にも平等なもの、それが『時間』です。」

あ~、なるほどね~。と、当時は歓心したもんだけど、
その「時間」というものが、
常に人間によって「認識されて」在るものである限り、
心理的な時間として、やっぱり個人差がありますよね。

何かに熱中している時と、暇な時じゃ、
感じる時間の長さが、明らかに違いますもんね。

そういう意味では、
金持ち同士でも貧乏人同士でも、クラスメイトでも茶飲み友達でも、
他人とは決して同じであり得ない、それぞれの「時間」を持っている。
という言い方もできますよね。

だから、



この人にも、きっと「この人の時間」があるんだろう。

結局、
何かしら脈略をつけて、この写真を登場させたかっただけ、
とのウワサも・・・(笑)
Posted at 00:16 | 路上にて | COM(6) |
2007.03.10

絶妙。



主に「ものの見方」について、

固まってしまいそうになったら、
一度崩してしまった方がいいのかなぁ・・・

なんてことを、ぼんやりと考えていた今日この頃。
そんな僕の気分にぴったりの看板を、散歩中に発見。
こんなふうに絶妙に崩せたら。
Posted at 21:25 | 路上にて | COM(4) |
2007.03.05

はさむ。



本当は、
ブックカバーとかを作りたいんだけれど、
裁縫は全くダメだし、(ボタンすら付けれない)

それでも何か作れるものは?
と、考えて、考えて、考えて・・・
(というか、ただの思いつきだけど・・・)

「そうだ、これなら!」と。

栞(しおり)を作ってみました。
市販の色付きクリアファイルをカットしただけ。
簡単!

これで今日から、
はさみまくり。本、読みかけまくり。
Posted at 07:25 | もの | COM(14) |
2007.03.04

キョロ



ずいぶん前に、
pohhe(ポッへ)で購入した「目ん玉」。

ところで、
霊長類の中で、「白目」を持つのは人間だけなんだそうです。

弱肉強食の野生の世界では、
白黒はっきり分かれてる目ん玉は、けっこう致命的らしい。
今自分がどこを見ているのか(=次にとる行動)が敵にバレちゃうから。

そんな話からも、
人間の身体が、本来どうやって生きていくのに適したものなのか、
ということのヒントが見えてくる気がしますよね。

ちょっとしたトリビアでした。
Posted at 00:57 | もの | COM(6) |
2007.03.03

つかむ。


欲しいものをいくつか持っていないことこそ、
幸福の不可欠の要素である。

ラッセル「幸福論」より



最近、
コーヒー用にと琺瑯のドリップケトルを購入しました。
琺瑯は、直で火にかけると持ち手の部分まで熱~くなっちゃうので、
デザインお任せで、おばあちゃんに「鍋つかみ」をオーダー。

もちろん、
巷にも素敵な鍋つかみはたくさん売っているだろうけれど、
作ったり作ってもらったりってのが、なんかいいなぁ
と思う今日この頃です。
(見えにくいかも知れませんが、微妙にラメが入ってます)

「幸せをつかむ」という言い方がよくされますが、
幸せでも鍋でも琺瑯ケトルでも、それをつかむには、
まず「つかむための何か」を持つことが必要だと思うのです。

・・・はい、すんません。ムリヤリ繋げました(笑)
Posted at 09:51 | もの | COM(4) |
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