--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007.02.25



おばあちゃんから、
もう10年以上前に譲り受けたものです。

「SHISEIDO」のもので、裏は、



こんな感じで単純な、しかし良くできた構造になっています。
(通し方はこれでいいのかなぁ?)

革だと、
しばらく使っているうちに「クセ」がついてきますが、
それが嫌でたまらなくなるか、
それを良しとして可愛がるか、
は、人それぞれ違ってくるんでしょうね。
僕は以前、バリバリ(古い?)の前者でしたが、
このところは、後者に「想う」ことの方が多くなりました。

「ちょっと足りない」とか、
「ちょっと粗い」とか、
「ぎこちない」とか、

そんな個性(クセ)を、本当に、愛せる様になりたいです。
スポンサーサイト
Posted at 10:20 | もの | COM(6) |
2007.02.23

滑った。


「美しい経験」ってどんなんだろ? と、ふと思った。

中学生のある冬、
夜の凍った路面をアイススケートの様に滑って遊んだことがあった。
クラスメイト数人でバスに乗って遠出をした帰りのこと。

新潟の(特に当時の)夜は冷え込むので、路面には氷が張った。
一時間ほど、閉め切ったバスの中で揺られ続けた僕らは、下車後、
その凍った路面を見ると「やっと解放された」とばかりに弾けた。
みんな一目散に滑りだした。
しばらくは列を作って滑り、その後はそのまま、それぞれの家路へ散った。

( 実はその日は入院中の担任の先生を見舞った帰りで、
  少し痩せ細った先生の姿を目にした後だったため、
  それぞれが抱えた胸の内は、案外複雑なものだったと思う・・・)

夜、雪、友達どうし という
少年にとっての三大ワクワク要素(?)に満たされ、
滑っているひと時だけは、その日の出来事を忘れることができた様に、
(あるいは必死に胸中に押し込んだままでいたのか・・・)
ただただ、滑った。楽しかった。

これがたぶん、
地味だけど中学生時代の最高の思い出。

この、この上なく楽しかった経験は、
僕の中でゆっくりと熟し、今、ある別の印象を持つに至っている。
記憶は決して「そのまま」では保存されない。
あの日の「楽しい経験」は今、
時を経て僕の中で「美しい経験」として思い起こされる。
Posted at 08:44 | 幼いころ | COM(4) |
2007.02.22

Mei is a



久しぶりに妹に電話した。すると、後ろから姪の声が・・・

「 いや~だぁ~~! 」

え? そんな言葉覚えたの? パンクだ・・・。
2007.02.18

books and coffee.

神保町という街が、好きです。



週イチで通っちゃうくらい。(笑)

雑誌を見るなら「ふくろうブックステーション」、
新刊を眺めるなら「東京堂」、
それ以外は「三省堂」。
たまに「アクセス」。(←マニアック?)

そして、
珈琲を飲むならここ、「神田 ぶらじる」。
地下にある店内は、和風な出で立ちで木の温もりたっぷり。
囲炉裏を囲む席もあって、
ストレートも、ブレンドも、ケーキも美味いよ。
最近は、豆(マンデリンがお気に入り)だけ買って帰ることが多いよ。

あまり古本屋には行かないけれど、
他の大きな書店のある街よりも人が少なめ、
という消極的な理由もあり、

神保町という街が、好きです。
Posted at 13:54 | 場所 | COM(8) |
2007.02.18

自然と思う。

「 1歳から100歳までの夢 」という本が出ていますね。

僕はそのことを、友人のハナガラさんから聞いていて、
先日、書店で見かけたので、ちょいと立ち読みしてみました。

全ての人の「夢」を読んだわけではないけれど、
僕が一番印象的だったのは、やっぱり100歳のばあちゃんの言葉。
つらつらと短めの言葉で夢を語った後、最後に、
(つまり、その本の最後の言葉でもあります)

「 自然と同じかと思う。」

と仰っていました。
自然界に四季があるように、
自分の身体にも四季があることを感じると。

つまり、人間の身体は、
しっかりと自然に繋がっているのだということかな?

だとしたら、
それはきっと、おばあちゃんのことだけでなく、
「人間」全体のことなんでしょうね。
よく言われるけれど、僕たち人間だって自然の一部なんだし、
もっともっと大きな何かしらの流れの中の、
ほんの一点に過ぎないんだと言うこともできます。

今から約46億年前に、この地球の原型ができ、
そして約20万年前(だっけ?)に、ホモ・サピエンスが現れた。
それ以前の、数えきれない数の種の生成と絶滅を思い、
その途方もない時間の流れに思いを馳せるてみると、
昨今の、
例えばホリエモンとか、例えば納豆ダイエットとか、
そんなことは、もうホントにホントに、ど~でもいいことに思えてきます。
そんな暇があるのなら、少しでも自分の想いを、
このおばあちゃんの様に「自然」に触れさせていたいと思うのです。

アインシュタインは、
深く深く自然をのぞきこめば、
あらゆることがもっとよく理解できるようになるんだ、と言った。

それと同じ様に、
深く深く自分(人間)をのぞきこむことで、
もっとよく、自然のことが理解できるのかもしれない。

100年も生きたおばちゃんが、仰るんですから(笑)。
Posted at 12:04 | ことば | COM(2) |
2007.02.18

最近は、

珈琲から「食」全般へと興味が広がってきました。
それも、いわゆるグルメ的な意味での「食」ではなく、
命を紡ぐものとしての「食」に。



辰巳芳子 「いのちの食卓」

野菜が欲しいっ! と思った時には、
本当にバカみたいに、一年中、
ブロッコリーとほうれん草とトマトを買い求めていました。
で、実際スーパーには一年中それらがあるし。
だけどどうやら、そうじゃないらしい・・・(え?当たり前?)

「 次の季節を迎えうつ心組みを持って、
  その季節のものを食べてゆく必要があります。」

「 スーパーが頼りの都会暮らしは、何でもあって一見豊かなようだけれど、
  本当は吹けば飛ぶような暮らしで、
  本当の暮らしではないと、意識的に思って下さい。」

「『食べる』ことは、生きることそのもなのです。」

  本文より

そ、そうか・・・ 反省。

で、例によって話はちょっと変わりますが(笑)、
正月に知人の家に伺った際に、
食べかけのパンが容器に入って大切に保存されているのを見て、
「いいなぁ」と思ったのでした。
今までの僕なら、単なる「残りもの」としか見えなかったものが、
その時は、何故かそれが、
「食生活のホントの在り方」として目に映ったのでした。

もちろん、それまで、
残り物を捨てていたというわけではありませんが、
食事の度に作りたてを用意することと、
それを極めていくことが理想であり贅沢だとばかり思っていた。
(まぁ、それは理想かも知れないけれど・・・)

でも「食」とは、
食す側、つまり人間の立場からだけで閉じる問題ではなく、
やはり「他の命」を頂くということでもあって、
そういう意味では、あるものを上手に無駄なく取り入れていくということ、
そして、そう在ろうとする心がけを「持てる」ことの方が、
「他の命」を頂く者として相応しいんじゃないか。
そう思うに至ったのであります。



昨晩作ったスープ。

が、これに合わせたのがコンビニパン・・・(笑)
その辺は、まだまだですね。
Posted at 09:59 | | COM(10) |
2007.02.17

Neige



Posted at 09:44 | もの | COM(2) |
2007.02.15

その昔、

千鳥格子(ちどりごうし)のことを、
千鳥格子(ちどり かくこ)という
デザイナー名、または、ブランド名だと思っていました。
2007.02.14

ああ、方向オンチ

こないだの祝日、
港区の汐留で開催中の「ニッポンのデザイナー展」を見に行くつもりが、

迷って迷って、辿り着いたのがここ、



浄土宗 大本山「増上寺」。

芝公園のあたり。

もうとっくに、
開催地の「 Shiodome Italia 」という地区は
通過してしちゃってたみたいで。

それにしても、
こんな組み合わせが見れる場所があったなんて・・・





これぞまさしく、ニッポンのデザイン。
と、変に納得。
Posted at 07:55 | 場所 | COM(2) |
2007.02.12

そうそう、



ことり文庫で、
これも頂いたんだった。




長新太さんの絵本に出てくる「キャベツくん」。

確か、雨の日サービスだと聞いていた様な気がして、
昨日は晴れてたから、すっかり諦めていたんだけど・・・
やったね!

ビー玉より小さいコイツを手作り。
器用だなぁ。
Posted at 00:25 | もの | COM(4) |
2007.02.11

ついに、



以前にご紹介させていただいた、
こうめさんのお店、「ことり文庫」へ行ってきました。




とっても、よかったです。
お世辞じゃなく、本当に。

え~っと、色々と、
ことり文庫さんのことを説明する言葉も考えたのですが、
僕がここで、僕の言葉で書いても、
なんか、違うよ~な・・・
そんなことで、イメージを狭めたくないよ~な・・・

とりあえず言えることは、
お話したり(ちょっと緊張したけど)、
一緒に手芸(?)したり、もちろん、絵本も物色したりで、
なんと3時間も居座っちゃったようでが、
それでも足りなかった、そんなお店。

ご興味があったら、みなさん、ぜひぜひ。
(HPは、右のリンクに)

もちろん、ちゃんとショッピングもしてきましたよ。
こちら。



左は、Kenneth Libbrecht 「SNOWFLAKES」。
洋書ですが(よって、読めませんが)、
様々な雪の結晶の写真に、詩人や著名人の「言葉」が添えられています。

右は、ライナー・チムニク 「クレーン男」。
ずいぶん前に、こうめさんにススメられて以来、ずっと気になっていた本。
だけど、まさかこうめさんのお店で買うことになるなんて・・・
「装丁」はもちろん、「造本」としてもすごく素敵。




あと、
これは絶対に欲しいと思っていた、オリジナルのブックカバー。
リネンの「くたっ」とした感じが、とても心地いい。


そして、



お母さまから頂いた「大学いも」。
いつも、わざわざ千葉から買ってきて下さっているそう。
本日の朝食として、美味しくいただきました。
ごちそうさまです。

さらに、ちょっとだけですが、
ダンナサンと、愛犬の「チとキ」ちゃんにもご対面しちゃいました。
そして、フラニーさん、
オレンジワッフル、美味しかったですよ。

ことりさん、是非また伺いたいと思ってます。
しっかり忘れ物もしてきたし・・・。


追伸
僕は、梅が丘という土地自体、初めてだったのですが、
さすが世田谷! 久~しぶりに、有名人を二人も見ちゃった。
・・・と、最後にミーハーっぷり発揮(笑)。
Posted at 11:07 | 場所 | COM(10) |
2007.02.10

リュックの中の世界

昨日の僕のリュックの中は、

今、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」を読んでいるので、
それは常に持ち歩くとして、

ハナガラさんとお茶する際の話のネタとして、
「ヌフカフェはなぜ潰れないのか?」、
「カフェの扉を開ける100の理由」を忍ばせていて、

図書館で予約しておいた
生態学系の本を2冊受け取って、

そのついでに、
ホーキング博士の本を一冊借りて、

計6冊の本たち。

たぶん、ありすぎて全部は読めないんだろうなぁ・・・
なんて思いつつも、ふと思った。
ウェブが、カフェが、生物が、そして宇宙が、
僕の背中で、それぞれ世界を描きつつ待機している(笑)。

そんな、リュックの中の世界を想像した時、
なんだかワクワクしてきて、思わずニヤけてしまった。



で、
お目当てだった「合羽橋珈琲」には、営業時間内に間に合わず・・・
2007.02.08

今日は、

正確にはもう「昨日は、」ですが、
茂木健一郎さんと音楽家の江村哲二さんとの対談を聴講。
お二人を拝見していて思ったことは、
「好きだから」じゃなく、「信じるから」やるんだってこと。

対談後の質疑応答時に、客席から
茂木さんのテレビ出演の多さを茶化す様な質問があった。
茂木さんは、一応の返答の後、キレて・・・ そして最後に仰った。
「もっとあなたの、信じていることについて訊いて欲しかったんだ」と。

とても、心に響いた。
Posted at 01:24 | ことば | COM(0) |
2007.02.07

そりゃ、ツルわ。



恵比寿にて。
Posted at 01:27 | 路上にて | COM(4) |
2007.02.05

そりゃ、泣くわ。



2007.02.04

1歳に、


深く、深く自然をのぞきこめば、
あらゆることがもっとよく理解できるようになるんだよ。

アインシュタイン



あ、上の言葉とは関係ないのですが、

今日で、
このブログ、満1歳になりました。

これからは、
もっと何気な~く綴っていきたいなぁ、なんて思っている、
そんな誕生日の朝。

ご覧になって下さっている皆さん、
今後とも、どうぞよろしくお願い致します、ね。

littleblue
Posted at 09:59 | お知らせ | COM(16) |
2007.02.03

僕の手袋は、



オオカミみたい。

どうせめったに着けないし、
と思い、毛むくじゃらのコイツを、正月の新潟で衝動買い。
常にリュックの中に忍ばせてはいるんだけれど、
結局、両手はいつもポッケの中で暖めてる。
まだ一度も着けて歩いてないなぁ・・・

アルパカ製(?)です。
Posted at 00:07 | もの | COM(8) |
2007.02.02

珈琲に感すること

会社の先輩から、その方が辞める際に譲り受けたカップ。
なかなかレトロで、いい柄でしょ。



はじめてコーヒーを飲んだ時のことは憶えてないけれど、
はじめてコーヒーを「あぁ、美味しい・・・。」と思った時のことは、
今でもよぉく憶えている。

19歳、専門学生の時のこと。
友人とコラボして、あるポスターのコンペに出品するため、
僕の自宅に泊まり込み、徹夜でアイデアを出し合った。
でも、若い時って、自分の意見も他人の意見も、その二つの調和も、
上手くコントロールしきれなくって、(あ、今もですが・・・)
作品は結局、意見の相違のすえに未完成に終わってしまった。
そんな徹夜明けの朝方、あたかも
「コラボの失敗を祝福するかの様に」差し込んできた朝日に包まれながら、
ふたりで無言で啜ったコーヒーが、本当に忘れられない。
(ちなみにインスタントでした)

はじめてアイスコーヒーを「あぁ、美味しい・・・。」と思ったのは、
八丁堀のジャズ喫茶っぽいお店。
ワイングラスに並々と注がれたそれは、
ガムシロを入れるだけの空きがなくって、
これは「最初の一口くらいはブラックで飲め」っていう
無言のメッセージなんだな、と思い、
飲んでみたら、ほんのりアルコールの様な風味がして美味しかった。

話は変わって、
最近、映画「珈琲時光」をビデオで観た。
一青窈、浅野忠信 出演、候孝賢 監督のちょっと前の映画。
候孝賢の映画は、いつも特にこれといった事は起こらないけれど、
観ていて「でも、日常ってこんな感じだよなぁ」と思った。
テレビドラマなんかの台詞って、一言一言がそれ自体で
ストーリーの進行にちゃんと関わっていて、
だからある意味、一言も聞き逃せなくって疲れちゃう。
でも、日常でのコミュニケーションって、
案外もっと雑なものなんじゃないかな、って思う。
もっと素っ気なかったり、説明不足ぎみだったりして。

そういう意味で、この手の映画はリアルでいい。
何かを想うための「間」が与えられている感じ。
あまり印象には残ってないけれど、
そんなことを想ったりして、それなりにいい映画だった。

特別な経験って、いつ訪れるか分からない。
でも、映画「珈琲時光」の様な、
一見「特にこれといった事は起こらない」様に見える日常の、
中というか、奥というか、その先というか、
とにかく、それとひと続きになって訪れるんだ、
ということだけは、確かな様な気がする。

コーヒーを入れた際、熱くなったカップの縁を、
疲れた目の、瞼の上から当てて暖めると気持ちいいですよ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。