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2006.11.14

水族館にて

もう一ヶ月以上前の出来事ですが・・・

実家の新潟に帰った際に、家族と一緒に水族館に行きました。
海沿いに建つ、県内一の水族館「マリンピア日本海」。
優雅に泳ぐ大きなサメやマグロ、綺麗な色をした熱帯魚、
賢いイルカたちのショーはたくさんの客で賑わっていて、
どれも本当に面白かった。

でも何故か、僕が一番惹かれてしまった生物、それがこいつ。



イソギンチャクはあまり動かない。
僅かな海水の流れに合わせて、その触手をうねらせはするものの、
泳ぎもしないし、もちろん芸もできやしない。
だけど、じぃ~っと見つめていると、
自分の中の深~い部分、自分すら知らない自らの生の深部、
そんなところへと意識を運んでいってくれる様な、
不思議な気持ちになってしまう。

話は変わって(っていうか繋がってるけど)、
最近、美術評論家であり解剖学者の布施英利さんのお話を聞いて、
これかっ!て思ったんです。

“ ダイビングで海に潜って、たくさんの生物を見ていると、
 熱帯魚は綺麗だけど、なんか底が浅いなぁって感じるんです。
 それに比べて、ヒトデやナマコやイソギンチャクなんかの、
 いわゆる無脊椎動物の世界には底知れない深さがあります。
 解剖をやっているから思うのですが、
 内臓って紫とかピンクとか、思ったよりも色鮮やかで、
 ナマコとかイソギンチャクの色も、全くそれと同じなんです。
 進化の過程で、例えばナマコの様なものに
 手足が生えて脳がついたものが人間になったと考えると、
 無脊椎動物の世界ってのは、つまりは僕ら内臓の世界なんです。
 自分が感じた無脊椎動物の世界の深さっていうのは、
 実は、自分のお腹の中の世界と結びついていたからなんです。”

(↑かなりまとめちゃいましたが、だいたいこんな感じ)

「生命記憶」という概念があります。
生まれてから今までに体験し刻まれた、
日常的に使う意味での記憶とは別に、
生命が進化の過程で得てきたものの痕跡としての
(決して意識化されることのない)記憶のことを指しますが、
その生命記憶の感覚が一番色濃く残っているのは、
おそらく内臓なんじゃないかって言われてるんです。

僕らの祖先は、もともとは海の中にいたわけで、
その時にはこんなイソギンチャクみたいなヤツらと、
毎日顔を会わせていたと思うんです。
だからあの時、イソギンチャクを目の前にして
僕が「深~い」感じを抱いてしまっていたのは、
脳が反応していたんじゃなくて、きっと内臓が反応していたんですね。
僕の内臓に刻まれた生命記憶が揺さぶられ、
目の前の旧友のことを、一生懸命に思い出そうとしていたんですね。

あ~あ、かなり「絵本」から離れてきちゃったなぁ・・・(笑)
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