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2006.11.25

みる。



このところ、
朝、一杯のコーヒーを淹れることがとても楽しみです。

最初はスーパー等で売っている1パックずつのドリップ式から。
やがて、お店で豆を挽いてもらってのペーパードリップへ、
そして、ついに先週、ミル購入~!

ただのステンレスの円筒状で、
そのクールな感じがいいなぁ、なんて思っていたのですが・・・
使ってみて実感。うん、これ、思いっきり「携帯用」だった。
(そういえば、パッケージにもそんな表記が・・・)
本体が細くて不安定なので、
使う際は、しっかり手で持って、
腹筋の辺りに抱え込む様にして挽くしかないんですね~。

でも、そういう使い方を誘発するデザインなわけだから、
ある意味、とても優れた「携帯用」なわけですが。
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Posted at 12:58 | もの | COM(7) | TB(0) |
2006.11.22

ただ、抜粋。


子供の領分の中に、全てがある。
最高の知性を身につけ、洗練と博覧強記を追求し、それでいて、
公園でBB弾を見つけて喜ぶような、子供の心を忘れずにいなさい。
夢中になって遊び、気が付くと夕暮れだった、
あのような集中と強度を、そしてその後の弛緩のまどろみを持ちなさい。
そうすれば、世界はきっとその秘密をあなたに明かしてくれることでしょう。

茂木健一郎 「 やわらか脳 」より
Posted at 01:21 | ことば | COM(4) | TB(0) |
2006.11.18

at 巣鴨



「捨てられた様に」置かれていても、名作はどこか堂々としている。

柳宗理さんのエレファントレッグ。
地蔵通り商店街にて。
Posted at 12:54 | 路上にて | COM(10) | TB(0) |
2006.11.17

in 巣鴨



おばあちゃんより、愛を込めて。
2006.11.16

その時々



「100回の失敗のあと、
 1回だけ成功する喜びって、
 プロには分からないだろうな。」

最近のニューバランスの企業広告のコピーです。

成されたことの質ではなく、
自分の中に沸き上がっている喜びそのものの質に寄添う。
それができる人、あるいは、それが在る光景は美しい。
そんなふうに、僕は受け取ります。

もっとも、プロにはプロの、
「素人には分からないだろうな」な喜びがある。
だからいつでも、その時にしか得られない喜び、
その時にしか感じられない感情を。

上の写真は、僕のnew balance(四代目)。
Posted at 07:13 | ことば | COM(8) | TB(0) |
2006.11.15

ブランド

守るべきものと、変えていくべきものがあって、
その二つを混同しちゃうのは、
創造することを怠っているに過ぎないと思う。
2006.11.14

水族館にて

もう一ヶ月以上前の出来事ですが・・・

実家の新潟に帰った際に、家族と一緒に水族館に行きました。
海沿いに建つ、県内一の水族館「マリンピア日本海」。
優雅に泳ぐ大きなサメやマグロ、綺麗な色をした熱帯魚、
賢いイルカたちのショーはたくさんの客で賑わっていて、
どれも本当に面白かった。

でも何故か、僕が一番惹かれてしまった生物、それがこいつ。



イソギンチャクはあまり動かない。
僅かな海水の流れに合わせて、その触手をうねらせはするものの、
泳ぎもしないし、もちろん芸もできやしない。
だけど、じぃ~っと見つめていると、
自分の中の深~い部分、自分すら知らない自らの生の深部、
そんなところへと意識を運んでいってくれる様な、
不思議な気持ちになってしまう。

話は変わって(っていうか繋がってるけど)、
最近、美術評論家であり解剖学者の布施英利さんのお話を聞いて、
これかっ!て思ったんです。

“ ダイビングで海に潜って、たくさんの生物を見ていると、
 熱帯魚は綺麗だけど、なんか底が浅いなぁって感じるんです。
 それに比べて、ヒトデやナマコやイソギンチャクなんかの、
 いわゆる無脊椎動物の世界には底知れない深さがあります。
 解剖をやっているから思うのですが、
 内臓って紫とかピンクとか、思ったよりも色鮮やかで、
 ナマコとかイソギンチャクの色も、全くそれと同じなんです。
 進化の過程で、例えばナマコの様なものに
 手足が生えて脳がついたものが人間になったと考えると、
 無脊椎動物の世界ってのは、つまりは僕ら内臓の世界なんです。
 自分が感じた無脊椎動物の世界の深さっていうのは、
 実は、自分のお腹の中の世界と結びついていたからなんです。”

(↑かなりまとめちゃいましたが、だいたいこんな感じ)

「生命記憶」という概念があります。
生まれてから今までに体験し刻まれた、
日常的に使う意味での記憶とは別に、
生命が進化の過程で得てきたものの痕跡としての
(決して意識化されることのない)記憶のことを指しますが、
その生命記憶の感覚が一番色濃く残っているのは、
おそらく内臓なんじゃないかって言われてるんです。

僕らの祖先は、もともとは海の中にいたわけで、
その時にはこんなイソギンチャクみたいなヤツらと、
毎日顔を会わせていたと思うんです。
だからあの時、イソギンチャクを目の前にして
僕が「深~い」感じを抱いてしまっていたのは、
脳が反応していたんじゃなくて、きっと内臓が反応していたんですね。
僕の内臓に刻まれた生命記憶が揺さぶられ、
目の前の旧友のことを、一生懸命に思い出そうとしていたんですね。

あ~あ、かなり「絵本」から離れてきちゃったなぁ・・・(笑)
2006.11.11

更新が、



ね。
ごめんなさい。

忙しいわけじゃないです。気分の問題です。(笑)
2006.11.06

愛着。



もう、10年以上前に買ったスウェット。

特に思い入れがあるわけでもなく、高価なブランドでもない。
大切な人からの、プレゼントでもない。

一応はラルフ・ローレンだけど、たぶんバッタもので、
(地方によくある「ブランドバーゲン!」みたいな所で買いました)
5年程前から空きはじめた袖の穴は、
直すこともなく年々大きくなっています。

でもなんか、着続けてしまう。

そんな服って、誰にでもあるのかな?
「着続けてしまう」理由って、いったい何なんでしょうね。
Posted at 07:37 | もの | COM(4) | TB(0) |
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