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2006.10.31

自称、



おしゃれとは何ぞや・・・

恥ずかしながら、近所です。
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2006.10.28

情報がいっぱい



こんな気持ちのいい休日には、
ちょっとしつこいけれど(笑)、またまた茂木健一郎さんの言葉です。

「 誰にも目撃されず、流通することもなく、
  ひっそりと息づき、ひっそりと消えていく。
  世界は、誰にも知られず生き、死んでいくマルオミナエシのように、
  決して流通することのない、もの言わぬものたちに満ちている。
  もの言うものたちのことは他人に任せよ。
  もの言わぬものたちのことをこそ思え。」

  茂木健一郎 「クオリア降臨」より (※マルオミナエシは貝の一種)

街を歩けば、黙っていても目に耳に飛び込んでくる情報がいっぱい。
人の手によって加工され、整理された情報でいっぱい。

広告の仕事をやっていた僕が言うものなんですが、
そんなものは、結構どうでもいいものだったりする。
それよりも、それよりも、
夏の終わり頃、草むらに置き去られた蝉の羽に、
幾千もの波との衝突をへ、
柔らかく優しく、その角を落としてきたシーグラスたちに・・・
(あ、自分の過去ネタからピックアップしてます)
そんな、決して言語化できない、決して流通し得ないものの中に潜む、
故に無限の情報の方にこそ感覚を開いてみる。

あれれ?そっれて、子どもたちの得意分野では?

疲れてる朝なんかに、こんな言葉に出会うと、
思わす涙が出てしまう今日この頃。歳のせいかな。(笑)
Posted at 12:46 | ことば | COM(9) | TB(0) |
2006.10.24

Good Night.




Posted at 00:12 | もの | COM(14) | TB(0) |
2006.10.23

Good Morning.



キャンドル。
Rin*Tsubaki さんという方の作品。
Posted at 02:45 | もの | COM(6) | TB(0) |
2006.10.21

ぴゅあ



ぴゅあウォーター水。
セブン・アンド・アイ(旧イトー・ヨーカドー)で、
¥300くらいで専用ボトルを買えば、あとは汲み放題。

家から徒歩2~3分のヨーカドーまで、買い物がてらてくてく歩く。
たまに何にも買わずに、水だけ汲みに行くこともあって、
そんな時には、ちょっと気が引ける&恥ずかしいけれど、
昔はみんな、こうして井戸に水を汲みに行ったのかな、なんて考える。
ならばそれは、生きる為に欠かせない行為だろう。(笑)

さぁ、今日もてくてく歩く。
2006.10.21

備長炭 。

デザインとは、
生み出すものではなく、発見するものだ。
と、誰かが言っていた様な気がするし、僕もそう思う。



このところ、ずっと備長炭のことが頭から離れない。
備長炭に恋をしてしまっていると言っても過言じゃない。
というのは、冗談で・・・

地元の友人が近々オープンさせる
炭火焼きのお店のロゴ(マーク)デザインを頼まれているんです。

炭の効用って、今注目されてるのかな。
色んな用いられ方で、随分と役立つみたいですね。
僕の住む街の近所にも、地元の新潟にも、
炭火焼のお店って増えてる様な気がします。
でも、そんなお店のロゴを見渡すと、
その殆どが、殴り書いた様な筆文字のロゴなんです。
それはもう、やりたくない。
どうにかして、それらとの差別化を計りつつ、
シンプルで強いコミュニケーションができないものか、
ずっとそう考えていました。
(ちなみに「シンプルに」は友人からの要望)

友人のお店の名前は漢字の「一」で始まります。
そして僕が発見したこと。
炭を一本、ぽんっと横に置くと、それがそのまま「一」になるということ。
う~んこれ、シンプル極まりない。

シンプルとは、多くを持たないということではなく、
多くを内包する可能性に向って開かれている、ということだと思う。
唯一の一、一番の一、一筋の一、一生懸命の一・・・
さらに、友人にとっての一店舗目であり、ゆえにはじめの一歩。

炭をただ置いただけの様な、無骨な「一」をモチーフに。
友人も、このアイデアをとても気に入ってくれました。
まだできてないけどね~。
2006.10.20

カーテン



実家の廊下に掛かっているカーテン。

僕が幼い頃から、ずっとあった。
そんなに高価なものじゃないはずなのに、
昔からあるものって、「安っぽくない」のは何故だろう。
Posted at 00:33 | もの | COM(4) | TB(0) |
2006.10.20

このロゴ、



絶対、ヘンだと思う。
Posted at 00:21 | 路上にて | COM(4) | TB(0) |
2006.10.17

新旧交代。



時代は、モノクロからカラーへ。
スタバファンってわけじゃないけど、可愛いですよね、このコースター。
Posted at 21:31 | もの | COM(6) | TB(0) |
2006.10.17

静より動。



「 しあわせ 」
レイフ・クリスチャンソン 文
にもんじ まさあき 訳
ディック・ステンベリ 絵

僕は「しあわせ」という言葉に、静と動でいうならば、
どちらかというと「静」のイメージを抱いていました。
平穏とか、安心とか、やすらぎとか・・・

でも、それだけではなくって、心が「動」の状態の時に、
もっと言うと、前に向って進もうとしている心の中にこそ、
自分では気付きにくいけれど、「しあわせ」は生まれているんだな。
そんなことを、この本を読んで思いました。

「しあわせってなに
 王様のように
 思いのままにできることだろうか
 それとも
 大切だと思ったら
 勇気をだして
 やってみることだろうか」

(本文より)

「あおくんときいろちゃん」を頂いた方に、
僕はこの「しあわせ」をプレゼントしました。
でも、その方はもう既にこの本を持っていて・・・
だから逆に、その方の「しあわせ」を僕がもらったんです。

つまり、相手に「しあわせ」を与えることで、
自分も「しあわせ」を受け取ることができた、ということです。
なんちって。
Posted at 01:35 | 絵本 | COM(5) | TB(0) |
2006.10.14

Bee Holder



なんか男って、こういうの好きですよね。
少なくとも「男の子」なら好きでしょうね。

下北沢の「科学雑貨店」みたいなお店で購入(してもらいました)。
名前は忘れちゃったけど、結構面白いお店。

イエラ・マリの「あかいふうせん」の上で。
Posted at 12:34 | もの | COM(10) | TB(0) |
2006.10.14

10月14日(土)

今日の東京は、とてもいい天気です。
こんな気持ちのいい休日の朝は(あ、もう昼だ)、
茂木健一郎さんの言葉について考えることから始めましょう。

著書「脳と仮想」の中で、茂木さんは書かれています。
「芸術は、人の心を傷つけることで感動させる」と。

優れた芸術に接することで感動した時、
僕らは、胸の中をえぐられた様に感じ、
身動きがとれなくなり、涙が溢れ出し、
そこから立ち直るのに、暫くの時間を要することがあります。

初めて神代辰巳さんの映画を観た時、
僕はまさに、そんな状態に陥りました。
(神代さんがどういう映画を撮られる方かは、
 あまりこのブログ的ではないので伏せておきますね・笑)
その映画の持っていた何かが、僕の中に突き刺さってきて、
上映後の暫くの間、その場から立ち上がることが出来なかったんです。
その「何か」が一体何なのかは、未だに解らないし、
簡単に解る様なものならば、突き刺さる前に、
理解することで、頭の中に収納されてしまいますよね。

「傷つけるといっても、もちろん、
 心ない言葉のように不快な形で傷つけるのではない。
 その瞬間に、何かが自分の奥深くまで入り込んで来たような気がする。
 ああ、やられたと思う。その時の感覚が何時までも残り、
 脳の中で、何らかのプロセスが進行しているのが感じられる。
 その過程で、世界について、
 今まで気付かなかったことに気付かされる。」

(本文より)

それは決して不快な感覚ではなく、
むしろ、何度でも味わいたいと強く望む様な感覚。
ずっと言葉には出来なかったけれど、

「心を傷つけることで感動させる」

確かに、そうだ。
Posted at 12:18 | ことば | COM(6) | TB(0) |
2006.10.10

羽。



落ちてる? 生えてる?
Posted at 07:57 | 路上にて | COM(8) | TB(0) |
2006.10.08

自分の色

「 ぞうってものは はいいろです
  それはだれでも しっています 」

レレブムは青い象です。
レレブムは自分の色が大嫌いです。
みんなと同じ灰色になりたい、そう願っています。




「 ぞうさんレレブム 」 文・絵 シュレーダー  訳 矢川澄子

自分の色が好きになれない。
そういうことって、僕もあったかも。
自分とは全く違った色を目標に掲げ、そこへ向って一目散。

でも、その途中で思ったことは、
(「気付いた」かどうかは分からないけれど、「思った」ことは、)
自分が嫌っていたその色を、
好きでいてくれた人もいるらしいということ。
自分の中の色のある一面が、
他人にはいい色として映っていたこともあるらしいということ。
自分の色とその周辺に目をやった時、
それを支えているのは、自分だけじゃなかった。

話は変わりますが、
ただ「いい色」というものはない、そう思います。
あるものが、ある色を帯びた時、
そのものは、「いい色をしている」と言えることがある。
また、ある色が、別の色の隣にきた時、
あるいは上に下に、重なり合った時に、
その色の組み合わせから、固有の良さが生まれる。
そういう在り方でしか、
いい色というのはあり得ないのではないか、そう思います。

だから、
色を変えようとしなくても、
その色が、よく見える場面を探してみる。
別の色をちょっとだけ組み合わせてみる。
そんなのも、ありかな?

レレブムは、緑になり、白になり、その度に傷いて、
最後にまた、もとの色である青に戻った時に
至上の安堵と喜びを得ることになります。

「 ああほっとした ラッタッタ
  みんなのいろは どうだって
  ぼくはやっぱり あおいぞう
  てんかいっぴん ラッタッタ 」

自分の色なんてのが、もし本当にあるのだとしたら、
何よりもまず先に、その色のことを、
もっともっと「解ってやって」みること。
自分の色が好きになれなかった僕は、
実は、自分自身がどんな色をしているのかなんて、
全く解っちゃいなかった。(笑)

今回はいつにも増して、
自分の側へ引き寄せて書いちゃいました。
本当は上に記した本文の様に、リズムカルで楽しい絵本です。
Posted at 10:42 | 絵本 | COM(8) | TB(0) |
2006.10.07

姪、そして仮想。

先日も書きましたが、田舎の妹から
「姪が歩き始めた」という内容のメールが動画と共に届きました。
見てみると、そこにはわずか15秒の間に、
2度も転んでは立ち上がる姪の姿が映されていました。

考えてみれば、初めて歩くということは、
初めて転ぶということでもあるんですよね。
そんな二つの「初めて」を小さな身体の全身で受け止め、
無心に風船を追いかけていた姪の姿に、僕はいたく感動してしまい、
その姿を是非ナマで見たいと思いました。
そして、ちょうど別件も重なったその週末に帰省することができ、
お伝えした通り、ナマ姪に会ってきました。

ところが会ってみると、結構ちゃんと歩くんですね。(笑)
ふらふらではありましたが、もう転びはしない。
ホント、早いもんです、子どもの成長って。

で、それはそれでもちろんかまわないし、
とっても嬉しいことではあったのですが、
一方で、届いた動画で見ていた様に、
「転びながらもふらふらで歩く姪を目の前で見、
 もう一度その感動を、ナマで噛みしめている自分」
という帰省時のイメージは、その時点で単なる想像上のものとなり、
現実に起こったこととはまた別のものとして、
僕の脳内に刻まれることとなったわけです。

(一応何度も言いますが、いいことなんですよ。
 歩ける様になっていたことを悔やんでいるわけじゃありませんよ・笑)



「 脳と仮想 」 茂木健一郎

「今日の私たちにとって、何よりも大切なのは現実である。
 仮想するだけでは、この現実の世界を変えられないという認識が、
 骨身に染みている。
 仮想の世界は、映画や小説といったフィクションの世界に
 閉じ込めてしまって、現実の生活の息抜きにすれば良いなどと考えている。
 現実の生活に、仮想が深く関わるなどとは、
 現代人はおそらく本気では思っていない。

 しかし、実際には、私たちの生活体験は、
 現実と仮想の織りなす布のようなものである。
 確かに私たちが出会う多くのものは、現実のものたちである。
 しかし、その至るところに、
 それとは気付かないような繊細でかつ微妙な形で、
 この世のものではない仮想のものたちが潜み、絡み、顔を覗かせている。」
(本文より)

考えてみると、僕らの脳内で起こっていることの中で
仮想の占める割合は決して少なくはなく、そしてさらにその中で、
仮想されるだけで終わってしまうものも、とても多い様に思います。

仮想は、ほとんどの場合、
現実の経験に端を発して起こるものかもしれませんが、
一度始まってしまうと、あとはもう、どんどんどんどんと膨らんでいく。

そして、対象をよく知るからこそ創り出される仮想と、
充分には知らないからこそ創り出される仮想とがあり、
それは、どちらが劣っているとは決して断言できるものではない、
そう思います。

「初恋の仮想も、日常生活の中で流れに浮かぶ泡沫のように
 生まれては消える取るに足らない仮想も、
 実現しなかったからこそ切実な作用をもたらす時がある。」
(本文より)

実現には至らなかった僕の帰省時の仮想は、
それでもしっかりと、僕の姪への思いを形成する
大切な一部であり続けるのです。
Posted at 09:25 | | COM(2) | TB(0) |
2006.10.03

October 3



鳥かごは、
幸せを引きつける象徴なんだそうです。
Posted at 07:17 | 絵づくり | COM(13) | TB(0) |
2006.10.01

気が向いた方は、



吹き出しに言葉を当てはめて遊んでみてね!

例:「更新できなくて、ごめんよ。」 by littleblue
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