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2006.04.29

書っ。



最近おじゃまさせて頂いた方のブログに習って、
書をたしなんでみました。

どうでしょ。
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Posted at 21:35 | 絵づくり | COM(4) | TB(0) |
2006.04.29

カップ(ル)。

コーヒーカップ、2つ。
“ ANCHOR HOKING ”(アンカーホッキング)というブランドで、
ファイヤーキングを生み出した会社だそうです。

去年、新婚の妹夫婦にプレゼントしようと購入したものです。
それがなぜ、僕の手元にあるかというと・・・



妹からのリクエストは「マグカップ。シンプル、だけど無地はイヤ」
ということでした。それを踏まえた上で、
「マグカップ、マグカップ、マグ・・・」
「シンプルだけど無地じゃない、シンプルだけど・・・」
と、呪文のように繰り返しながら、東京中のあらゆるお店を周りました。

そしてある日曜日、その日は月に一度の「大江戸骨董市」。
(東京国際フォーラム前にて毎月第3日曜に開催)
もちろん、骨董市で新婚さんへのプレゼントを
買うつもりはなかったんですよ、ホント。
でも、出会ってしまったんですねぇ、コイツに・・・
もう、その後はほとんど記憶にありません。(笑)
あれだけ唱えていた呪文もブッ飛んで、
次の瞬間には値切っていました、「いやぁ~、妹がぁ~」って。
で、交渉成立。2つで¥4500くらいだったかな。

もう、ものすごい達成感!
で、その後友人と近くの喫茶店でお茶したんです。
その時に、いいでしょ、いいでしょって自慢してたら
なんか徐々に冷静になってきて、
「あ、無地だ。しかもコーヒーカップ。それも中古?」

却下です。(笑)

ということで、妹夫婦には別のものを、そしてこれは僕の手元に。
まぁ、いいんですけどね、気に入ってるのは僕なんで。
Posted at 09:40 | もの | COM(6) | TB(0) |
2006.04.28

ふた



瓶ジュースの、ふた。

随分と懐しいものもありますね。
子どもの頃は、メローイエローほど美味いものはないと信じてました。
(あ、アイスクリームの次にね・・・)
Posted at 07:46 | もの | COM(8) | TB(0) |
2006.04.27

原点です。

今から約3年半前、ある方から3冊の絵本をいただききました。
その中の1冊として、この本に出会いました。

「 あおくん と きいろちゃん 」
  レオ・レオーニ・作
  藤田圭雄・訳




This is little blue.
「あおくんです」

あおくんも、きいろちゃんも、友だちも、
みんな「自分の色」を持っています。
だけどあおくんは、
きいろちゃんに会えてうれしくて
もう、うれしくてうれしくて、
あれれ、ふたりの色が変わっていく・・・


人はそれぞれ自分の色を持っているとしたら、
その色は他人と出会うことで変わっていくんですね、
きっと。
お互いの色を映し合って、
それじゃ足りなくて、重なり合って・・・

自分の色を守ることは、とても大切です。
だけどそれは時として、「閉じる」ことにもなってしまう。
だからもっと開いて、
自分自身に映った他人の色も、しっかりと見つめたい。
「守る」より「合わさって」、
よりいい色になっていきたい。


大好きな人に会えてうれしい時、
僕たちの色も変わりますよね、きっと。
Posted at 08:01 | 絵本 | COM(16) | TB(0) |
2006.04.26

汽車はゆく。











Posted at 11:20 | 絵づくり | COM(8) | TB(0) |
2006.04.24

流れ着いた・・・

面白い写真集を見つけました。

「漂着物」 hiroshi mitani









タイトルの通り、捨てられたゴミたちが海を流れる間に
波や砂によって、少しづつ削られ、丸みをおび、そして流れ着いた。
それらのものを丁寧に撮影しています。

パーマ巻き
苗入れ
玩具
油入れビン

どうしてでしょう。
これらのものが「本来の役目」を全うしていたであろう時よりも、
こうして波に揉まれ、適度に丸くなった姿の方に魅力を感じるのは・・・

Posted at 01:33 | | COM(9) | TB(0) |
2006.04.21

感覚の記憶

それでも、私たち一人一人は、間違いなく、
親や教師が与えてくれた無数の
「思い出せない記憶」によって支えられている。

茂木健一郎 「脳の中の人生」より

今まで僕がココで書いてきた幼い頃の出来事が、
今の自分にどう影響しているかは分かりません。
もしかしたら、全く影響していないのかもしれない。

でもたぶん重要なのは、「出来事」そのものではなく、
その時に感じた「感覚」の方ではないでしょうか。
出来事の記憶ではなく、感覚の記憶。

子どもを持たない僕が、親の立場から
絵本や子どもについてを語ることはできません。
でも「元子ども」として、幼い頃に感じていたことを
大人になった今書くことは、それほど無意味ではないと思っています。
Posted at 08:02 | ことば | COM(16) | TB(0) |
2006.04.20

「でまえじんそく」

「出前迅速」って言葉、ご存知ですか?
「出前届けるの速いっすよ、ウチは」っていう意味らしいです。

僕、最初この言葉を友人との会話の中で聞いたんですね。
文字じゃなくて口頭で、「でまえじんそく」って。
だから、ふむふむ、この店の出前は「人足」なのか、って思っちゃって。
頭の中で勝手に「じんそく」を「人足」に変換しちゃってた・・・
つまり、自転車やバイクじゃなくて、
人の足で、歩くか走るかして届けるんだって。
だから、ちょっとくらい遅くなっても許してねってことかと思っちゃった。

まぁ、どうでもいいですね。

皆さんはどうですか?

2006.04.19

My 金庫



金めのものは、だいたいこの中に入れてます。
ネジとか画鋲とかペンチとか・・・
だからもし火事にでもなったら、真っ先に置いて逃げますね、コレ。(笑)
Posted at 07:53 | もの | COM(2) | TB(0) |
2006.04.19

引用。

いやぁ~ 僕、引用するのヘタですね。
引用文に敬意を払ってないっていうか、
(そんなつもりもないんですが・・・)
引用したとたん、そこから猛ダッシュで逃げて行くっていうか。

要は「ズレ」ちゃってる。いっつも。

でも、引用した文章は、単なる出発点に過ぎないと思っています。
自分の思考を飛躍させるためのジャンプ台みたいなもの。
引用した言葉を説明してもしょうがないし(必要な時はします)、
言った人の意図と違ってたら失礼だし。

自分の、あっちこっち飛躍する思考の「一応の出発点」を示しておくこと。
そんな感じの用い方です、僕のは。
2006.04.18

見えている



「見えるというのは、ただ目があるというだけではだめなので、
 見方の確かさや深さが養われていないといけないこと」

 松岡亨子 「えほんのせかい こどものせかい」より
(松岡さんがB・L・バートンさんとご一緒して気付かれたことだそうです)


「それが見えているのは自分だから、その価値をつくっていくのは自分です。
 それを何かで濁さないでください。」

 深澤直人 「デザインの輪郭」より


以前、本で読んだのですが、
黒澤明監督が映画作りに対して非常に厳しかったのは、
他の人には見えないものが、監督には「見えていた」からだそうです。
それを細部まで現実化しようとすると、おのずと厳しくならざるを得ない。

みんなよく「こだわり」って言い方をするけれど、
それってより正確に言うと、
自分に「見えている」ものを無視しないっていうことなんですね、きっと。
Posted at 01:47 | ことば | COM(2) | TB(0) |
2006.04.17

連想

カッターを使う度に、思い出す友人がいます。
「カッターって、刃を寝せる様にして紙にあてるとよく切れるんだ」
って、中学生の時にその友人が教えてくれたんです。
それだけ。
たったそれだけで、いまだに使う度に思い出すんです、ホント。
恐いね、連想って。
Posted at 21:42 | 幼いころ | COM(6) | TB(0) |
2006.04.17

積み上げて、



バランスとるの、結構たいへん・・・
Posted at 07:37 | 絵づくり | COM(5) | TB(0) |
2006.04.15

顔がない



ブルース・ウェバーとフレームについて。

この写真、ブルース・ウェバーって人の写真集から切り取ったものです。
数年前、とある書店のワゴンセールにて¥2000で写真集を購入。
安いからいいやと思って、じゃんじゃん切って部屋に貼って、
飽きた頃に残りを捨てちゃいました。
(敬意も何もありませんね、ホント反省してます)

ところがそれから数カ月後、渋谷のおっしゃれ~なショップで、
ガラスケースにはいって、なんと¥48000!!
噂によればブルース・ウェバーって、絶対写真集の重版しないらしいし、
ってことは僕の「切って貼って捨てた」あの本も・・・

泣きました。(笑)

ま、楽しんだからいいんですけど。
そんでこれは、手元に残っている唯一の写真。
これだけが何故か捨てられない・・・



フレームは・・・ え~っと、なんだろう?
たぶん実家から盗んできました。
でも、いい味出してるでしょ?

(しかも、フレーム撮ったやつの方がいい写真だと思いません?)
Posted at 08:24 | もの | COM(12) | TB(0) |
2006.04.14

おおきくなるの

先日の記事「ひとり遊び」( 絵本「ジルベルトとかぜ」の紹介 )
に対して、こんなコメントを頂きました。

「 いつも誰かとつながっている・・・
  そんな安心感があるから、一人の時間を愉しめる。」



「おおきくなるの」 ほりうち せいいち さく と え

主人公の女の子、
「おおきくなるの」って言ってます。
「おおきくなったら」とか「おおきくなりたい」ではなくて。

僕、この「おおきくなるの」っていう言い方に
「いつも誰かとつながっている安心感」を感じるんです。
不安にならなくていい、安心して前だけを見ていればいい。
そんな環境が、この女の子にはしっかりとあるんだろうなと。

女の子は、教えてくれます。
「けむし は おおきく なると ちょうちょう に なるの」
「きりんのこ は おおきくなっても きりん なの」
とっても明るく愉しそうに。

1、2、3、4。数だって数えられる。
種を蒔いて水をやったら、花が咲くことだってもちろん知ってる。

そして女の子は、僕らに話しかけてくれるんです。
「おおきくなるの そして なにに なろうかな」って。
Posted at 00:35 | 絵本 | COM(13) | TB(0) |
2006.04.13

変装中。



ブルーナさんの、絵本に出たい・・・
Posted at 07:40 | 絵づくり | COM(6) | TB(0) |
2006.04.11

書くこと

人は、
書くことと、消すことで、
書いている。

株式会社トンボ鉛筆/消しゴムMONO 広告コピーより

かっこいいコピーですね。消しゴムのくせに。(←消しゴムに失礼!)
「消すこと」つまり、
一度書いた後で、やっぱり「書かないこと」を選ぶということ。

書かれたことも書かれなかったことも、
書き手の目の前では、同じく「在ったこと」。
その中で何を書き、何を書かないか、がその書き手の視点であり思想ですね。

また、ズレた?

書くという行為は、
「書くこと」と「消すこと(書かないこと)」という
相反する二つの行為の往ったり来たりで洗練されていくんですね。
Posted at 22:27 | ことば | COM(4) | TB(0) |
2006.04.11

想像力 = 無限大



なわとび、ひこうきぐも、せんろ、わごむ、いけ、パパのメガネ、
たいよう、8、ちょうちょ、さくらんぼ、ゆきだるま、リボン、うみ、
たこ、アイスクリーム、ふうせん、みみ、ガムボールがふたつ、
おだんご、おやま、かみのけ、おもち、くも、ホース、おこめ、
ぶどうがふたつ、おはな、はっぱ、りんごのかわ、はなのあな、
おまめ、ボタン、おせんべい、もじ、わたあめ、はち、すなどけい

以前、友人の子どもたちに聞いてみたことがあります。
「この形、何だと思う?」って・・・

大人の僕らにとっては単なる数学記号。
でも、子どもたちはそんなこと知りませんよね。
知らないってことが想像する力を解放する。

いくつもいくつも応えてもらって、
結局、子ども二人でこんなに出ちゃいました。
もっと多くの子どもたちに聞いたとしたら・・・
ホントに、その数「 ∞ 」になるのかも。

(また、この写真使っちゃった・・・ お気に入りです)
2006.04.09

・・・・・ 。



Posted at 23:32 | 絵づくり | COM(4) | TB(0) |
2006.04.09

Tako-ball



タバコの火、消すやつです。(今は吸ってませんけど)
友人の大阪みやげ。

ありがとう。

できれば8個入りパックで欲しかった・・・(笑)
Posted at 09:49 | もの | COM(8) | TB(0) |
2006.04.08

手のこと



「わたしの手は おだやかです」
アマンダ・ハーン 文 マリナ・サゴナ 絵
谷川俊太郎 訳

言葉と同様に手も、
時には救いに、時には暴力に、なり得ますね。
この絵本は、僕らの「手」に出来ることを
様々な言葉によって意識させてくれます。

「わたしだけの たいせつな 手
 つみとる ことが できます だきしめることも」

「なげることが できます しっかりもつことも ふせぐことも」

愛を表現することを、手助けしてくれる手。
一方で、手は何かを破壊することもしてしまう。

「ぬすむこと おしのけること
 きずつけること ひったくること こわすこと」

いろんなことが出来る手。
すべて「わたしだけの たいせつな 手」。
何のために、どう使うのか、それは自分で決めることができる。

普段、何気なく使っている身体の一部。
それが他人に対してあるいは自分自信に対して、
どういう力を及ぼすものなのか、たまには考えてみるのもいいかも。
Posted at 19:13 | 絵本 | COM(12) | TB(0) |
2006.04.08

ただの枠。



シルクスクリーンの版を作る時の枠だそうです。
特に使いみちはありませんが、
アルミの質感がかっこよくて部屋に置いてます。

余談ですが、ぼく高校生の時、ダジャレが得意だったんです。

こういうの見ると、なんかワクワクしてきます。
(ほんと余計・・・)
Posted at 09:22 | もの | COM(2) | TB(0) |
2006.04.06

春ですね。



Posted at 01:00 | 絵づくり | COM(4) | TB(0) |
2006.04.05

ありたい。

誤解を承知で書けば、「わたしは本気にはならない」。
それは誰かを傷つけること、
誰かの仕事を、生きることを、
奪ってしまう可能性があることを「直感」しています。

プロダクトデザイナー 秋田道夫氏の言葉

最近、「傷つける」という言葉に反応してしまいます。
生きている限り、他人を傷つけてしまうことは避けられません、きっと。
でもそのことに、敏感でありたい。
自分と同じくらい、他人のことも想像できる様でありたい。
Posted at 01:53 | ことば | COM(5) | TB(0) |
2006.04.04

そそがれるもの



グラス。(フィンランド製だったかな?)
ちょっと古いものです。

暖かくなると、これで毎日フルーツジュースを飲みます。
やっと使っているもの登場。
Posted at 07:59 | もの | COM(4) | TB(0) |
2006.04.03

そそぐもの



ピッチャーです。
「朝」って感じですね。
でも何も入っていないところが、
やっぱり、「使ってない」って感じですね。(笑)

救世軍のバザーにて、¥800くらい。

やばい。「もの」の記事が多くなってきた・・・
Posted at 07:42 | もの | COM(4) | TB(0) |
2006.04.02

百万回と一回

ふつうの生活の中にある、そこはかとない愛を描くことで、
ふつうではない「強さ」を獲得している。



「100万回生きたねこ」 佐野洋子 作・絵

百万回生きて、百万回死んだねこ。
ねこは、自分の「奇想天外な人生」に誇りを持っていた。
自分のことが、誰よりも好きだった。
死ぬのなんて、全然恐くなかった。

その一匹の白く美しいねこに出会うまでは・・・

最初ねこは、その白いねこの前でも「奇想天外な人生」を披露した。
「おれは,100万回も 死んだんだぜ。」
「おれ,サーカスの ねこだったことも あるんだぜ。」
そうすることで、誰もが自分に尊敬の眼差しを向ける。そう思っていた。
でも、白いねこは違った。
「そう。」
と、たった一言。
ねこの百万回の生死が、初めて意味を失った。

ねこにとっては、
その百万回の生死を自慢することが、自分を表現するということだった。
自分を大きく見せることが、他人に受け入れてもらうための唯一の術だった。
でも白いねこは、そうではないということを、ねこに気付かせた。
ねこは、白いねこに出会ってはじめて「自分の本当の気持ち」に向き合った。
自分が、本当はどうしたいのか、ということに・・・

そして、ねこは伝えた。
「そばに いても いいかい。」

白いねこは、ねこを受け入れ、
ふたりは共に、暮らし、子どもを生み、育て、歳をとっていった・・・
白いねこと共に過ごす一回きりの人生は、いたってふつうの様に見えた。
しかしねこは、今までの百万回の生とは違い、はじめて、
「いつまでも 生きていたい」と思うことができたのだった。
Posted at 11:40 | 絵本 | COM(6) | TB(0) |
2006.04.01

革。

clutch.gif

クラチバッグっていうんでしょうか。
財布なんかよりは全然大きくて、
ハイビスカス(?)が型押しされています。

これからの季節、フリマ日和ですね。
¥500くらい。
Posted at 10:06 | もの | COM(4) | TB(0) |
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