2006.03.31
もの(物、者)
一度壊れてしまったものを、補修して使う。
と、そのものの何処が弱いのか、傷付きやすいのか、もう分かっている。
そこを思いやって使うことで、そのものの強さをキープすることができる。
もの「そのもの」の強さではなく、思いやりによって成り立つ強さ。
と、そのものの何処が弱いのか、傷付きやすいのか、もう分かっている。
そこを思いやって使うことで、そのものの強さをキープすることができる。
もの「そのもの」の強さではなく、思いやりによって成り立つ強さ。
2006.03.29
光
2006.03.28
あと一歩
本で読んだんですけど、
過去を思い出す時にはたらく脳の領域と、
未来を想像する時に活動する脳の領域は、非常に近いらしいんです。
そういえば、もうちょっとで思い出せそうな「あと一歩」と、
いいアイデアが出そうな「あと一歩」、
両方とも、細い糸をたぐり寄せる様な感じが似ている気がします。
思い出にひたるって、けっこうクリエイティブ?
過去を思い出す時にはたらく脳の領域と、
未来を想像する時に活動する脳の領域は、非常に近いらしいんです。
そういえば、もうちょっとで思い出せそうな「あと一歩」と、
いいアイデアが出そうな「あと一歩」、
両方とも、細い糸をたぐり寄せる様な感じが似ている気がします。
思い出にひたるって、けっこうクリエイティブ?
2006.03.26
ひとり遊び
ひとりで遊ぶということには、
ちょっとした気恥ずかしさがある様に思います。
寂しさ、というか「寂しい」と周りから見られるんじゃないかという不安感。
昔、僕の父も東京で一人暮らしをしていました。
品川に住んでいた父は、休日になると、
ほんの少しの小銭を手に、新宿あたりまでよく散歩したらしいのです。
「新宿行って何するってわけじゃないけど。
途中、公園で缶ジュースでも飲んで、
新宿着いたら色んなもん見て、
また歩いて帰って来る。それがお父さんの遊び。」
父が以前、そう話してくれたことがありました。
僕の思いとは裏腹に、ひとりで遊んでいたその頃を
楽しそうに語る父の口ぶりに「寂しさ」は感じられず、
「何かいいなぁ」って思いました。

カッコいい絵本って感じです、僕にとって。
なんせタイトルからして、
「ジルベルトとかぜ」ですから。
マリー・ホール・エッツ 作 たなべいすず やく
風と遊ぶ少年のお話。
風の声に呼ばれると、ジルベルトはいつも外へ飛び出していく。
風は大きくて強いから、
ジルベルトのことなんておかまいなしで、ただ吹き続けるだけ。
そんな風を「大きな相棒」に見立てて、向かっていくジルベルト。
遊ぶというよりはむしろ、風との一対一の真剣勝負。
たまには「かぜくん!」なんて話しかけたりしてるけど、
それよりもっと多くの言葉を、
ジルベルトは自分に向けて呟いているんだと思う。
風と遊ぶふりして、自分自身の「想像力」と遊んでいるんだ、本当は。
ちょっとした気恥ずかしさがある様に思います。
寂しさ、というか「寂しい」と周りから見られるんじゃないかという不安感。
昔、僕の父も東京で一人暮らしをしていました。
品川に住んでいた父は、休日になると、
ほんの少しの小銭を手に、新宿あたりまでよく散歩したらしいのです。
「新宿行って何するってわけじゃないけど。
途中、公園で缶ジュースでも飲んで、
新宿着いたら色んなもん見て、
また歩いて帰って来る。それがお父さんの遊び。」
父が以前、そう話してくれたことがありました。
僕の思いとは裏腹に、ひとりで遊んでいたその頃を
楽しそうに語る父の口ぶりに「寂しさ」は感じられず、
「何かいいなぁ」って思いました。

カッコいい絵本って感じです、僕にとって。
なんせタイトルからして、
「ジルベルトとかぜ」ですから。
マリー・ホール・エッツ 作 たなべいすず やく
風と遊ぶ少年のお話。
風の声に呼ばれると、ジルベルトはいつも外へ飛び出していく。
風は大きくて強いから、
ジルベルトのことなんておかまいなしで、ただ吹き続けるだけ。
そんな風を「大きな相棒」に見立てて、向かっていくジルベルト。
遊ぶというよりはむしろ、風との一対一の真剣勝負。
たまには「かぜくん!」なんて話しかけたりしてるけど、
それよりもっと多くの言葉を、
ジルベルトは自分に向けて呟いているんだと思う。
風と遊ぶふりして、自分自身の「想像力」と遊んでいるんだ、本当は。
2006.03.25
2006.03.24
中国四千年
2006.03.23
見せること、見えること
「人間がこうありたいと思う姿と、
実際に人が人を美しいと思っていることとは違いがある。」
「しあわせなデザイン」 深澤直人氏の発言より
例えば、勝負に負けて泣いてしまうこと。
もちろん、本人は好きで負けてるわけじゃない。
「泣いてしまうくらいに」勝ちたかったはず。
だけど僕らには、そんな敗者の涙が美しく見えることがある。
例えば僕らは、当たり前のように、
迷ってはいけない、早く決断しなくちゃいけない、そう思ってる。
確かにそれは、多くの場合、正しいかもしれない。
(というか、そうしといた方が事が進みやすい)
だけど時には、何の戸惑いもなく行動するよりも
ちょっとぎこちないくらいの方が、
その中に、趣や人間的なものを感じとれることがある。
美しい涙、躊躇する姿に感じる愛しさ。
実際に人が人を美しいと思っていることとは違いがある。」
「しあわせなデザイン」 深澤直人氏の発言より
例えば、勝負に負けて泣いてしまうこと。
もちろん、本人は好きで負けてるわけじゃない。
「泣いてしまうくらいに」勝ちたかったはず。
だけど僕らには、そんな敗者の涙が美しく見えることがある。
例えば僕らは、当たり前のように、
迷ってはいけない、早く決断しなくちゃいけない、そう思ってる。
確かにそれは、多くの場合、正しいかもしれない。
(というか、そうしといた方が事が進みやすい)
だけど時には、何の戸惑いもなく行動するよりも
ちょっとぎこちないくらいの方が、
その中に、趣や人間的なものを感じとれることがある。
美しい涙、躊躇する姿に感じる愛しさ。
2006.03.21
念願。
2006.03.21
唯一の歌声
いきなり、突拍子もないことを言っていいですか?
僕らが感じる「気持ち」の中で、風船の中に吹き込んだら、
いちばん空高く飛んで行きそうなのって何でしょうね。
「楽しい」は、低空飛行でピョンピョン跳ねる感じだし、
「好き」は、ちょっと熱を持ってる感じ。
「わくわく」は、まだ自分のものになりきってなくて、漏れて行きそうだし、
「怒る」とかトゲトゲしい感情は、そもそも入んなそう。
まだまだいっぱいあるだろうけれど・・・
そんなこんなで僕が思ったのは、「うれしい」っていう気持ち。
「うれしくて舞い上がる」って言い方もするし。
それに、時々思うんです、とっても喜んでる子どもを見ると、
「今、風船着けたら飛んでっちゃいそう」って。

「だくちる だくちる」 ・・・はじめてのうた・・・
原案 V・ベレストフ
阪田寛夫 文
長新太 絵
この絵本によると、「うれしい」っていう感情は、
どうやら僕らが生まれる「ずっと ずーっと まえ」からあるらしいんです。
太古の昔、ずっと独りで寂しかったイグアノドンは、
ある日、小さな友だちを見つけます。
「だくちる だくちる」としか言えない友だち。
毎日毎日、「だくちる だくちるる」・・・
それでもイグアノドンは、うれしかったんです。
だくちるの声を聞けてうれしかったんです。
「もう どんどん ばんばん うれしかった」。 だって、それは・・・・・
ぼくらが生まれる「ずっと ずーっと まえ」にも、
誰かと誰かが出会った時、そこに「うれしい」って感情が生まれていたんだ。
僕らが感じる「気持ち」の中で、風船の中に吹き込んだら、
いちばん空高く飛んで行きそうなのって何でしょうね。
「楽しい」は、低空飛行でピョンピョン跳ねる感じだし、
「好き」は、ちょっと熱を持ってる感じ。
「わくわく」は、まだ自分のものになりきってなくて、漏れて行きそうだし、
「怒る」とかトゲトゲしい感情は、そもそも入んなそう。
まだまだいっぱいあるだろうけれど・・・
そんなこんなで僕が思ったのは、「うれしい」っていう気持ち。
「うれしくて舞い上がる」って言い方もするし。
それに、時々思うんです、とっても喜んでる子どもを見ると、
「今、風船着けたら飛んでっちゃいそう」って。

「だくちる だくちる」 ・・・はじめてのうた・・・
原案 V・ベレストフ
阪田寛夫 文
長新太 絵
この絵本によると、「うれしい」っていう感情は、
どうやら僕らが生まれる「ずっと ずーっと まえ」からあるらしいんです。
太古の昔、ずっと独りで寂しかったイグアノドンは、
ある日、小さな友だちを見つけます。
「だくちる だくちる」としか言えない友だち。
毎日毎日、「だくちる だくちるる」・・・
それでもイグアノドンは、うれしかったんです。
だくちるの声を聞けてうれしかったんです。
「もう どんどん ばんばん うれしかった」。 だって、それは・・・・・
ぼくらが生まれる「ずっと ずーっと まえ」にも、
誰かと誰かが出会った時、そこに「うれしい」って感情が生まれていたんだ。
2006.03.17
2006.03.17
真夜中のアイスクリーム
5、6歳の時の出来事でしょうか。
ある夜、僕と弟が眠っている部屋に、
母がアイスクリームを持って入って来ました。
今でも憶えてます。チョコでコーティングしてビスケットで挟んだヤツ。
そして母は、僕らを起こして「これ、食べな」って言ったんです。
真夜中ですよ、しかも僕らは心地よく眠ってた。
それを、わざわざ起こして「食べな」って。
もう、訳わかんないですよね。
でも、そんな年頃の子どもでしたから、
夜中だろうが何だろうが、起きて食べましたね。寝ぼけまなこで。
母には夜中にそうしなきゃいけない理由があったのかなぁ。
それにしても、????でした、その夜の出来事は。
でもね、これだけはハッキリと憶えてるんです。
ほんっとに美味しかったぁ、って。「その時」のアイスクリーム。
今のところ、生涯で一番ですね。
他に、大していいもの食べてませんので・・・(笑)
で、何が言いたいかっていうと、
なんでもいい、とにかく「強い」何かを感じることが
幼い頃には必要なんじゃないかなぁって、そう思うんです。
意味とかは別になくたっていい、感情を経験すること。
大事です、きっと。
「知ること」は「感じること」の半分も重要ではない。
レイチェル・カーソン
真夜中に起こされて、
寝床で口にしたアイスクリームの美味しさ、強烈に憶えてます。
ある夜、僕と弟が眠っている部屋に、
母がアイスクリームを持って入って来ました。
今でも憶えてます。チョコでコーティングしてビスケットで挟んだヤツ。
そして母は、僕らを起こして「これ、食べな」って言ったんです。
真夜中ですよ、しかも僕らは心地よく眠ってた。
それを、わざわざ起こして「食べな」って。
もう、訳わかんないですよね。
でも、そんな年頃の子どもでしたから、
夜中だろうが何だろうが、起きて食べましたね。寝ぼけまなこで。
母には夜中にそうしなきゃいけない理由があったのかなぁ。
それにしても、????でした、その夜の出来事は。
でもね、これだけはハッキリと憶えてるんです。
ほんっとに美味しかったぁ、って。「その時」のアイスクリーム。
今のところ、生涯で一番ですね。
他に、大していいもの食べてませんので・・・(笑)
で、何が言いたいかっていうと、
なんでもいい、とにかく「強い」何かを感じることが
幼い頃には必要なんじゃないかなぁって、そう思うんです。
意味とかは別になくたっていい、感情を経験すること。
大事です、きっと。
「知ること」は「感じること」の半分も重要ではない。
レイチェル・カーソン
真夜中に起こされて、
寝床で口にしたアイスクリームの美味しさ、強烈に憶えてます。
2006.03.16
アイロン親子
2006.03.15
分析してみる。

先日の記事「また、早起き。」で載せた写真です。
実際、以前に載せた写真では、
全体を明るくして影をとばしているので
ほとんど地の白がワントーンなのですが、
その作業をしていて気付いたことを、今回書いてみます。
この写真では、画面右から光が射し、左へと暗くなっています。
つまり、右は光へ、左は闇へと続いているのです。
それに対して、4つのカラフルな物体(コマです)は、
そのうち3つが画面右よりに配置され、
残りの1つが左へと大きくはみ出している(しかも回っている)ことから、
このコマの、右から左への移動の力を感じさせます。
つまりどういうことかと言うと、このはみ出したピンクのコマは、
闇の世界へと向かってしまっているということですね。
絵本を取り上げるココとしては、ちょっと失敗だったかなぁと思いつつも
学んだことがあったため、地を白くとばして、あえてそのまま載せました。
ついでに言うと、
前回は中央の青いコマにlbのロゴが重なっていたのですが、
(強いて言えばこいつがlittleblueでしょうか)
肝心のこいつが回ってない。静止してる。
こらっ!動けっ!って感じです。
ということで、
名作「あおくんときいろちゃん」のように絵の構図の在り方は、
無意識に見る者の印象を造り上げます。
その意味で、構図は色よりも
見る者に強く訴えかけることができるのではないでしょうか。
まぁ、普段の写真ではそんなこと全く気にしてませんけど・・・
今回はたまたま気付い「ちゃった」んです。(笑)
2006.03.14
早起きの独り言
「何で絵本なの?」って、たまに聞かれるし、
わざわざ聞いてはこないけれど、
そう思っている僕の周りの人もたくさんいると思います。
確かにいい大人の、それも男がひとりで絵本読んでるわけですから、
そりゃ、ちょっとひきますよね。(笑)
でも、またまた松居直さんの言葉をお借りすると、
『 作り手は「子ども」、「大人」というより、
もっと本質的な「人間」に語りかけたいと思っているんではないか。』
と、僕も思うし、そう感じられる絵本が確かにある。
それに、子どもにごまかしは効きません。たぶん。
文章的な微妙なテクに惑わされるだけの経験と知識が、幼い子にはまだない。
だから単に「単純」なのではなく、
「本質」だけを削り出したがゆえのシンプルさ、なのだと僕は思います。
僕なんかは逆に、「何で絵本に興味ないの?」って聞きたくなる。
わざわざ聞いてはこないけれど、
そう思っている僕の周りの人もたくさんいると思います。
確かにいい大人の、それも男がひとりで絵本読んでるわけですから、
そりゃ、ちょっとひきますよね。(笑)
でも、またまた松居直さんの言葉をお借りすると、
『 作り手は「子ども」、「大人」というより、
もっと本質的な「人間」に語りかけたいと思っているんではないか。』
と、僕も思うし、そう感じられる絵本が確かにある。
それに、子どもにごまかしは効きません。たぶん。
文章的な微妙なテクに惑わされるだけの経験と知識が、幼い子にはまだない。
だから単に「単純」なのではなく、
「本質」だけを削り出したがゆえのシンプルさ、なのだと僕は思います。
僕なんかは逆に、「何で絵本に興味ないの?」って聞きたくなる。
2006.03.13
何でだろう。
2006.03.12
2006.03.11
いろんな涙に
中学生の時の出来事。
休み時間、友だち同士が殴り合いのケンカになった。
ひとりが相手の顔面を二発殴り、
殴られた方は鼻から血を出して、すぐに保健室に運ばれた。
身体の大きさと腕力の差が、かなりあった様に思えた。
でも終わった後、殴った方の友人も、
しばらくずっと、机に顔を伏せて泣いていた。
自分はまったく無傷だったのに・・・
強いって、絶対に泣かないことだと思ってた。
ケンカしても平気な顔してることだと思ってた。
でも、強いと思っていたその友人は、
「友だちを傷つけてしまったこと」に苦しんで泣いていた。

「 なみだ 」 KATSUMI KOMAGATA
「ともだちとけんかした。悲しくて涙が出た。」
こぼれ落ちた涙は「水滴」となって、地面から空へと旅をする。
それに触れた者へ、涙の理由は伝わる。
そして遠いどこかの悲しみも、ぼくらはきっと理解することができる。
駒形克己さん(ONE STROKE)、
本当に素晴らしい活動をされている方です。
休み時間、友だち同士が殴り合いのケンカになった。
ひとりが相手の顔面を二発殴り、
殴られた方は鼻から血を出して、すぐに保健室に運ばれた。
身体の大きさと腕力の差が、かなりあった様に思えた。
でも終わった後、殴った方の友人も、
しばらくずっと、机に顔を伏せて泣いていた。
自分はまったく無傷だったのに・・・
強いって、絶対に泣かないことだと思ってた。
ケンカしても平気な顔してることだと思ってた。
でも、強いと思っていたその友人は、
「友だちを傷つけてしまったこと」に苦しんで泣いていた。

「 なみだ 」 KATSUMI KOMAGATA
「ともだちとけんかした。悲しくて涙が出た。」
こぼれ落ちた涙は「水滴」となって、地面から空へと旅をする。
それに触れた者へ、涙の理由は伝わる。
そして遠いどこかの悲しみも、ぼくらはきっと理解することができる。
駒形克己さん(ONE STROKE)、
本当に素晴らしい活動をされている方です。
2006.03.10
歓び
2006.03.10
2006.03.07
2006.03.07
そろっとね。
僕の感想のようで、僕の感想でない。

「そろそろ ぞろぞろ」
内田麟太郎/作 藤枝リュウジ/絵
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ ・・・・・ おかえりなさい
動物やら、泥棒やら、お化けやらが、
「そろそろ」のページでは、ひとりでそろ〜り、
「ぞろぞろ」のページでは、大勢で大行進。
最後にヘビの子どもたちが、おかあさんヘビの元へ。
で、「おかえりなさい」。
ただそれだけ。
シンプルな構成と味なイラストに惹かれ購入しましたが、
この絵本の本当の良さを僕はわかっていません、たぶん。
なので、ご紹介。
知人の「おかあさん」の言葉。
「泥棒のところでは泥棒っぽく、お化けのところではお化けっぽく」
「それぞれのページで、言い方を変えて読んであげると喜ぶんだぁ」って。
まさに、そういう絵本なのだぁ!
こんな単純なことにも、子どものいない僕は気付くことが出来ないのです。
いやぁホント、勉強になります。
福音館の松居さんがおっしゃってました。
絵本は「子どもと大人の」本である。
子どもだけのものでも、大人だけのものでもない、
子どもと大人が対になって楽しむものであると。
物語を読む母親の声と、子どもが自分の眼で視る絵、
その二つが子どもの中で一つになった時、絵本の世界が立ち上がる。
それが、ホントの絵本体験!
(松居さんの言葉そのまんまではありませんが)
いつものことではありますが、
なんで子どものいないオレがこんなこと言ってんだろ・・・(笑)

「そろそろ ぞろぞろ」
内田麟太郎/作 藤枝リュウジ/絵
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ
そろそろ ぞろぞろ ・・・・・ おかえりなさい
動物やら、泥棒やら、お化けやらが、
「そろそろ」のページでは、ひとりでそろ〜り、
「ぞろぞろ」のページでは、大勢で大行進。
最後にヘビの子どもたちが、おかあさんヘビの元へ。
で、「おかえりなさい」。
ただそれだけ。
シンプルな構成と味なイラストに惹かれ購入しましたが、
この絵本の本当の良さを僕はわかっていません、たぶん。
なので、ご紹介。
知人の「おかあさん」の言葉。
「泥棒のところでは泥棒っぽく、お化けのところではお化けっぽく」
「それぞれのページで、言い方を変えて読んであげると喜ぶんだぁ」って。
まさに、そういう絵本なのだぁ!
こんな単純なことにも、子どものいない僕は気付くことが出来ないのです。
いやぁホント、勉強になります。
福音館の松居さんがおっしゃってました。
絵本は「子どもと大人の」本である。
子どもだけのものでも、大人だけのものでもない、
子どもと大人が対になって楽しむものであると。
物語を読む母親の声と、子どもが自分の眼で視る絵、
その二つが子どもの中で一つになった時、絵本の世界が立ち上がる。
それが、ホントの絵本体験!
(松居さんの言葉そのまんまではありませんが)
いつものことではありますが、
なんで子どものいないオレがこんなこと言ってんだろ・・・(笑)
2006.03.05
潔し。
絵本から様々なことを学ぶように、
マーク・ハントの闘い方からも多くを学ぶのです。
(↑ちょっとむりやりですかね)
初めて彼を見たのは、2001年のK−1福岡大会でした。
レイ・セフォーとの壮絶な打ち合い。
たぶん、お互いの闘い方にシンパシーを感じたのでしょう、
K−1での先輩であるセフォーが、彼に
殴り合い最中、笑顔でキスしてました。シビレました。
彼はここぞというパンチを打つ時、
足を大きく前後に開き、どっしりとその場に構えるのです。
つまり、相手の攻撃から逃げるということを考えない。
もっと言うと、パンチをもらったら危ないということすら、
頭にないのではないか、という姿勢でいる。
潔いです、マーク・ハント。
マーク・ハントの闘い方からも多くを学ぶのです。
(↑ちょっとむりやりですかね)
初めて彼を見たのは、2001年のK−1福岡大会でした。
レイ・セフォーとの壮絶な打ち合い。
たぶん、お互いの闘い方にシンパシーを感じたのでしょう、
K−1での先輩であるセフォーが、彼に
殴り合い最中、笑顔でキスしてました。シビレました。
彼はここぞというパンチを打つ時、
足を大きく前後に開き、どっしりとその場に構えるのです。
つまり、相手の攻撃から逃げるということを考えない。
もっと言うと、パンチをもらったら危ないということすら、
頭にないのではないか、という姿勢でいる。
潔いです、マーク・ハント。
2006.03.04
温度計
2006.03.04
絵本棚
みなさん、どんな感じで絵本を収納されているのでしょう。
僕の実家の台所には、
家電の説明書やら、お料理のレシピブックやら、
ご近所からの回覧板やら、ボロボロのメモ帳やら、
「生活臭」のプンプンするものたちが詰め込まれている棚がありました。
一番、使う頻度の高いものを投げ込んでおくような所です。
どこの家にもそんな棚が一つはあるのでしょうか?
だとしたらそんな中に、エッツやポール・ランドの絵本なんかが
読み古された感じで混じっていたら、ちょっと素敵。
なんて、ふと思ってしまいました。
(いや、ウチには入ってませんでしたけど・・・)
僕の実家の台所には、
家電の説明書やら、お料理のレシピブックやら、
ご近所からの回覧板やら、ボロボロのメモ帳やら、
「生活臭」のプンプンするものたちが詰め込まれている棚がありました。
一番、使う頻度の高いものを投げ込んでおくような所です。
どこの家にもそんな棚が一つはあるのでしょうか?
だとしたらそんな中に、エッツやポール・ランドの絵本なんかが
読み古された感じで混じっていたら、ちょっと素敵。
なんて、ふと思ってしまいました。
(いや、ウチには入ってませんでしたけど・・・)
2006.03.04
「理想」のかけら?

郵便配達夫シュバルという男をご存じですか。
本名フェルディナンド・シュバル。
1836年フランス、オートリーブ生まれ。
郵便配達中につまずいた奇妙な形の石に惹かれることから始まり、
その後、一生をかけて独学でとてつもない建築物(宮殿)を造ります。
(興味のある方は「シュバルの理想宮」で検索を!すんごいんです!)
賛否両論はあるらしいですが、僕はびっくりした!そして感動した!!
その建築も情熱も、異様で、ド迫力です。
そんなに永い間、ひとつのことに没頭できるって・・・(涙)
で、この石が何かっていうと、
そのシュバルがつまずいた最初の石。
というのはウソで(でも可能性がないわけではない?)
友人が宮殿を見物に行った時に、付近で拾って来てくれた石です。
それだけです、すんません。
2006.03.04
自覚
「これだけあればいい」という思いは、生きる上での強さを与えてくれる。
「欲しい」という感情は自分を不安にさせる。
深澤直人 「デザインの輪郭」より
自分に必要なものが、しっかりと解っている状態と、
自分には無いものに意識が向いている状態、でしょうか。
「欲しい」という感情は自分を不安にさせる。
深澤直人 「デザインの輪郭」より
自分に必要なものが、しっかりと解っている状態と、
自分には無いものに意識が向いている状態、でしょうか。
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