2007.09.07
ラストシーン。
2007.08.21
こちらが、
2007.08.19
残念。
2007.08.17
← 炭

友人がやっている炭火焼店の
店頭用メニューボードを作ってみました。
単純に「← 炭はこっち!」みたい感じがいいかなと。
矢印が常に左を指しているため、
ボードを置く位置が限られてしまうのが弱点。
友人からのメールによると、さっそく、
若い女性が2人、座り込んで(それもどうかと思うけど)
見入ってくれていたそうです。
そしてその2人は、結局、店には入って来なかったそうです・・・
あちゃ〜(苦笑)
ま、確実に足を止めてくれる人は増えたらしく、
今後に期待って感じっす。
実は、
この他にB1二連のポスターも作ったのですが、
そちらの方は市販のフレームのせいで表面がテカってしい、
うまく撮影できませんでした。
気が向いたら、そのうちデータから載せますね〜。
2007.07.21
一つのこと
2007.06.24
Prologue
茂木さんの著書『脳と仮想』は、
冒頭「サンタクロースは存在するか?」という
ひとつの問いの提示から始まっている。
これに対して、
「この問いほど重要な問いは、この世界には存在しない」と述べられ、
「サンタクロースは仮想としてしか、十全には存在しない」というスタンスで、
次章以降、さらに深い考察へと入っていく。
例えば「蛍」について。
戦後まもなく、亡くなった母親の姿を川沿いを飛ぶ蛍に見た、
という体験を語った小林秀雄のエピソードを採り上げて著者は言う。
「夕暮れの川沿いを、光の点が飛んでいく。これは、物質的現象である。この
物質的現象は、数にすることができ、方程式にすることができる。それを、
蛍と見る。普通はこれを客観的認識だという。
だが、一体客観的世界に『蛍』という実在が存在するのか?そんなものは存
在しない。物質として存在するのは、点滅する先端を持ち、二つの開閉する
硬質の覆いが付属した三センチくらいの『何か』である。その『何か』が暗
闇を光りながら飛ぶ。暗闇の光を『蛍』だと認識するのは、人間側の勝手な
思いこみに過ぎない。『蛍』とは、客観的な現象ではなく、一つの生成され
た仮想なのである。」
見て、認識するという、
僕らが日常的に何の苦労もなく行っているの当たり前のことを、
あたかも一度ひっくり返している様に見えるけれど、
実のところ、上の様な見方のほうこそが真実なんだろうと思う。
こんなふうに世界を捉えられる人が、僕にはとても信用できる。
ノームや妖精の世界についても、これと似たところがあるんだろうか?
2007.06.24
ブレッソンを観た。
世界中で「決定的瞬間」を捉え続けた写真家、
アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson)
の展覧会を観た。

ブレッソンに限らず、
いわゆる「スナップ」と呼ばれる様な
日常の一コマを切り取った写真の魅力のひとつは、
同じフレームの中で複数の人生が交差し、
その共存を露に観てとれるところにある、と僕は思う。
(要は、一枚の写真の中に色んな人が写ってるってことです)
同じ時間、同じ場所にいて、
ひとつのフレームに納まったって、
やっぱりその中には、写った人の数だけ人生が在る。
笑う者がいて、叫ぶ者がいて、泣く者がいて、
ただぼ〜っとしている者がいたりして。
同じ場所にいるからって、同じものを見てるとは限らず、
同じものを見てるからって、同じことを感じてるとは限らない。
個々の生は常にバラバラに進行していて、
その「バラバラ」が、ひとつのフレーム内に集約されても尚、
やはりどうしようもなくバラバラとしている。
「個」ってそんなもんなんだな、こりゃ。
と、思ったりする。
「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌」
東京国立近代美術館(MOMAT)にて。
2007.06.02
イタル。
2007.05.28
2007.05.22







