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2009.05.16

せこい兄貴


母の日にちなんで(もう過ぎたけれど)
思い出したことをひとつ。

小学生くらいの時、
母の日に、弟と小遣いを出し合って、
ハンカチをプレゼントしようと決めた。

近くのスーパーに行き、
紫っぽい花柄のハンカチを一枚選び、レジに並んだ。

ところが、年頃の男の子だった僕は、
女性ものの、それも花柄のハンカチをレジに出すなんて、
恥ずかしくて、とてもできなかった。
どーしよう・・・

考えた末、僕は弟に「俺、ちょっとトイレに行ってくる」、
そう告げて品物を渡し、買い物を任せた。
ひとり取り残された弟は、しかたなく買った(買ってくれた)。

翌年の母の日、
(記憶はおぼろげだけれど、この手を2回使った憶えがある)
またまた同じ作戦を使って逃げようとした僕に、弟は言った。

「僕も、トイレに行きたい・・・」。

その時、兄は弟の成長を実感したのでした(笑)
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Posted at 09:56 | 幼いころ | COM(2) |
2007.04.29

三つ


教育とは、人が学校で学んだことをすべて忘れた場合に、
あとに残っているところのものである。

アインシュタイン



僕は三人きょうだいの一番上で、
下には弟と妹がいる。

僕と弟の間に
ひとつ、いのちが流れていたらしく、
幼い頃、そのことの意味を知らないままに
しつこく聴きよった僕に、
母が仕舞いに激怒したことがあった。

「もうやめなさい!それがなかったら、
 ○○(弟)は生まれてなかったんだから!」と。

その時はもちろん、
母が何故そんなに激しく怒り出したのか、
まったく意味が分からなかったけれど、
不思議と、理不尽だとも感じなかった様な記憶がある。

母はもうとっくに忘れているだろうが、
そのエピソードは、僕にとって、
ある意味「いのちの教育」に成り得ている。
(まぁ、カッコよく言うとね~・笑)

今日も東京は気持ちのいい天気です。


写真のカップは、
赤堀友美さんという方の作品。
形が好きで、前から持っていた上の二つに加え、
三つ目を購入。
Posted at 09:21 | 幼いころ | COM(2) |
2007.02.23

滑った。


「美しい経験」ってどんなんだろ? と、ふと思った。

中学生のある冬、
夜の凍った路面をアイススケートの様に滑って遊んだことがあった。
クラスメイト数人でバスに乗って遠出をした帰りのこと。

新潟の(特に当時の)夜は冷え込むので、路面には氷が張った。
一時間ほど、閉め切ったバスの中で揺られ続けた僕らは、下車後、
その凍った路面を見ると「やっと解放された」とばかりに弾けた。
みんな一目散に滑りだした。
しばらくは列を作って滑り、その後はそのまま、それぞれの家路へ散った。

( 実はその日は入院中の担任の先生を見舞った帰りで、
  少し痩せ細った先生の姿を目にした後だったため、
  それぞれが抱えた胸の内は、案外複雑なものだったと思う・・・)

夜、雪、友達どうし という
少年にとっての三大ワクワク要素(?)に満たされ、
滑っているひと時だけは、その日の出来事を忘れることができた様に、
(あるいは必死に胸中に押し込んだままでいたのか・・・)
ただただ、滑った。楽しかった。

これがたぶん、
地味だけど中学生時代の最高の思い出。

この、この上なく楽しかった経験は、
僕の中でゆっくりと熟し、今、ある別の印象を持つに至っている。
記憶は決して「そのまま」では保存されない。
あの日の「楽しい経験」は今、
時を経て僕の中で「美しい経験」として思い起こされる。
Posted at 08:44 | 幼いころ | COM(4) |
2006.09.15

隠れキャンバス



この夏の帰省時、
実家の台所のテーブル裏に、幼きころの落書きを見つけました。

そう言えば、なんとなく憶えています。
ヒマでヒマで仕方のない夏休みの午後なんかに、
だら~っと床に転がっていた時、
目の前に広がった大きな板が、ちょうどいいキャンバスに見えたこと。

描いたのはたぶん、僕と弟でしょう。
漢字の練習してますね。
計算みたいなこともしてますね。
それとやっぱり、
中央上の「あれ」は、子ども心に絶対かかせませんよね。

みなさんの家のどこかにも、「隠れた名作」きっとありますよ。

っていうか見つけたってことは、この歳になっても
やっぱりテーブルの下に潜り込んで寝てたってことじゃん(笑)
Posted at 08:14 | 幼いころ | COM(6) | TB(0) |
2006.08.05

hopeful monster

学生の頃、友人宅に集まっては、
映画を作りたい、とよく話し合っていた。
映画好きが数人集まる度にその話は出ていて、
だけど、いつも「語る」だけで終わっていた。

ある日、その中の一人が「よし、今日撮ろう。」と言った。
夜の8時過ぎ。それから4人でファミレスへ向い、
さすがにその日のうちに撮り始めることはできなかったが、
朝までかかってストーリーの構想を練った。
それだけではもちろん足りずに、僕ともう一人は、
翌日もさらに、深夜から朝にかけて「撮り方」について話し合った。
別の友人は作詞や小説などをやっていたので、シナリオを任せた。
何日かかるかは分からないが、
所詮、ごく個人的な自主制作映画だ(しかも8ミリビデオ)、
一気に撮り上げようと決めた。

最初の夜から3日目、
無理やりではあったけど、一応はまとまり、ついにクランクイン。
役者、監督、カメラ、すべてをその4人でまかなってのことだったので、
あらゆる点で制限された、狭い世界の映画だった。
撮影が始まって2日目、
ちょっとした意見の対立、4人の予定が合わないという理由で、
早くも1日、中休みが入った。
その間、僕はタイトルロゴのデザインをしていたが、
友人たちの集中は切れ始めていた。
そして休みが2日、3日と続き・・・それ以来、お蔵入り。
あらら。

ひどくあっさりと燃え尽きた、情けない製作班だったが、
その時の僕らは、個々の中に抱えきれない何かを持っていたんだと思う。
それが何者なのかは誰も自覚できていなかったが、
みんなそれぞれの形で、苦しんでいたことは確かだった。
そんなありがちな青春期の苦悩が、やはり僕らにも訪れていた時期。

最近になって、こんな言葉を聞いた。
「我々は皆、何かになりたいという希望を持ったモンスターである」
hopeful monster。
それは決して、醜い姿をした悪者ということではなく、
多かれ少なかれ、みんなそういう怪物を飼い馴らしながら、
日々を生きているんだという。

飼いならすことが上手い人はこの日常を、
とても良く生きていくことができるのだろう。
だけどそうではない(僕らの様な)人間は、日常では上手くやりきれず、
別の方法によっての解消を必要とするのかもしれない。
もっと繊細な人は、そのまま自らのコントロールの範疇を超えて
反社会的な、危うい方向へ行ってしまうのかもしれない。
そんな紙一重の、可愛い可愛いモンスター。

あの頃僕らは、自覚できないモンスターに苦しみ、
だけどそんな中でも、お互いのそれを無意識に認め合っていたんだと思う。
何かを共に作るということは、
お互いの中の怪物の、無償の認証行為でもあるんだと、
撮りかけの8ミリテープを探しながら、今思う。
Posted at 08:59 | 幼いころ | COM(4) | TB(0) |
2006.07.18

カマキリの大きさ

小学生の頃、図画の時間にカマキリの絵を描きました。
机の上にカマキリをのせ、それを興味津々な表情で覗き込み、
掴んでやろうと手を延ばしている、僕とカマキリのツーショット。

最初僕はカマキリを現物と同じ、
つまり延ばした自分の手をよりも随分と小さく描いていました。
それを見た先生は「もっと大きく描きなさい」と僕にアドバイスをくれ、
僕が少しだけ大きく描き直すと、さらに「もっともっと」と。
先生としては、子どもらしくのびのびと、
興味の対象を中心とした主観的世界を表現させたかった様です。
僕は先生のアドバイスを素直に聞き、さらに大きく、延ばした手の中には
とうてい納まりきれないくらいの巨大なカマキリを描きました。
結果、とてもダイナミックな絵に仕上がり、先生は満足そうでした。

その、現実にはあり得ないくらい大きなカマキリの絵は、
自分の感性に忠実になっただけでは描き得なかったもので、
何か借り物の様に感じたけれど、そんな違和感が逆に新鮮でもありました。
その絵を、僕はとても気に入っていたし、
先生にも褒められ、コンクールで賞を獲ることもでき、
よい思い出として僕の中に残っていました。
だから先生のアドバイスに従ったことは良かったんだ。
ずっとそう思っていました。

そして最近、こんなことを考えます。
カマキリを、見たまんま、現物と同じサイズで描こうとしていたところが
当時の僕の個性だったのではないかと。
主観的世界ではなく、現実的世界を映しとることにこそ、
興味を抱いていたのではないかと。
大きく描かれたそのカマキリに新鮮さを感じていたことは確かです。
でもそれと同時に、その絵が僕のものであるという感覚を、
いつになっても持つことが出来ずにいたのです。

何がいいとか悪いとかをここで書きたいわけではありません。
だけど、その子どもが執着を見せることは、
必ずしも大人の思う「子どもらしいこと」ばかりではないかもしれない。
リアルに現実を映しとることに必死になる子どももいるかもしれない。
そういった個性の存在の可能性に、眼を開いておくことも必要ではないかと。

大きく描かれたカマキリを、いたく気に入って、
賞まで頂いて、よい思い出を作ることができた素直な子どもは、
大人になってひねくれた今、ひとりそんなこと思うのでした。(笑)
Posted at 08:30 | 幼いころ | COM(8) | TB(0) |
2006.06.07

プレゼント。



lb. ロゴ、変身シリーズ第2弾、「ドラえもん」です。


プレゼントの話をさせて下さい。

幼い頃の誕生日、母からプレゼントをもらいました。
・・・って、いたって普通の話ですね。(笑)

でもね、誕生日って「母の」です。

だいたい保育園児くらいの頃かな。
僕が、その日が母の誕生日だってわかる歳。
その日は、もうすっかり「お母さん、おめでとう気分」で、
一日中はしゃいでいた様な記憶があります。
そんな中、僕は母の寝室にそっと呼ばれ、
渡されたんです、プレゼントを。

何ででしょうね?
何で母の誕生日なのに、「僕に」なんでしょうね?
ホント分りません。分らなくって、嬉しかったです、とっても・・・

心のこもったものも、もちろん嬉しいのですが、
そんな意外な時にもらうプレゼントもまた、心を打つもんです。
だって、いまだに僕の中に強く残っているんです、
その「何で? でも、嬉しい・・・」という感覚の記憶が。

ちなみに、そのプレゼントが「ドラえもん」でした。
プラスチックで出来た、ドラえもんのおもちゃ。
Posted at 08:18 | 幼いころ | COM(14) | TB(0) |
2006.04.17

連想

カッターを使う度に、思い出す友人がいます。
「カッターって、刃を寝せる様にして紙にあてるとよく切れるんだ」
って、中学生の時にその友人が教えてくれたんです。
それだけ。
たったそれだけで、いまだに使う度に思い出すんです、ホント。
恐いね、連想って。
Posted at 21:42 | 幼いころ | COM(6) | TB(0) |
2006.03.17

真夜中のアイスクリーム

5、6歳の時の出来事でしょうか。
ある夜、僕と弟が眠っている部屋に、
母がアイスクリームを持って入って来ました。
今でも憶えてます。チョコでコーティングしてビスケットで挟んだヤツ。
そして母は、僕らを起こして「これ、食べな」って言ったんです。
真夜中ですよ、しかも僕らは心地よく眠ってた。
それを、わざわざ起こして「食べな」って。

もう、訳わかんないですよね。

でも、そんな年頃の子どもでしたから、
夜中だろうが何だろうが、起きて食べましたね。寝ぼけまなこで。
母には夜中にそうしなきゃいけない理由があったのかなぁ。
それにしても、????でした、その夜の出来事は。

でもね、これだけはハッキリと憶えてるんです。
ほんっとに美味しかったぁ、って。「その時」のアイスクリーム。
今のところ、生涯で一番ですね。
他に、大していいもの食べてませんので・・・(笑)

で、何が言いたいかっていうと、
なんでもいい、とにかく「強い」何かを感じることが
幼い頃には必要なんじゃないかなぁって、そう思うんです。
意味とかは別になくたっていい、感情を経験すること。
大事です、きっと。

「知ること」は「感じること」の半分も重要ではない。
 レイチェル・カーソン

真夜中に起こされて、
寝床で口にしたアイスクリームの美味しさ、強烈に憶えてます。
Posted at 00:47 | 幼いころ | COM(10) | TB(0) |
2006.02.09

見えないから、視てしまうもの。

今、ジョギングしてきました。このくそ寒い夜中。
東京の夜って明るいですよね。
僕の生まれ育った田舎なんて、街灯が数十メートルに一つくらいしかなくて、
夜は本当に暗い。そして恐い。
大人になった今でも、夜中ひとりで歩くのはけっこう恐いです。

でも、暗くて見えないからこそ、
視線の先に視てしまうんですね、想像の世界を。
「あの木の向こうに…」とか「あの大きな影は…」とか。
そうやって勝手にビビリながらも想像力きたえられてましたよ、きっと。
ネオンやヘッドライトに照らされて「見えちゃった」ら、
想像する部分がない。全部そのまんまなんです。

やっぱり「不便」だからこそ、活きてくる感覚ってありますよね。

Posted at 00:35 | 幼いころ | COM(3) | TB(0) |
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