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2007.08.06

叩く。




「 他人を叩くくらいの目的で、大事な言葉を使うなど、
  言葉を愛していなことの、紛れもない証拠だからです。」

もっと上手に言葉を使えたなら、
もっと善いことの為に言葉を使いたいなぁ、
なんてことを最近ふと思ったことがあって。
(「善いこと」って何?という問題もありますが・・・)
そんな中、池田晶子さんの本を読んでいて見つけた言葉。

自分がうすうす感じていたことを、
反対側から言われた様で不意を突かれ、心打たれた。
きっと、まだまだ叩いちゃってることが多いんだろうなぁ。

写真は金沢健一さんという方の作品。
叩いたり、物を転がしたり落としたりして音を奏でる、
鉄琴の様なテーブル。
部分によって全く音が違う。
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Posted at 08:30 | ことば | COM(6) |
2007.07.21

これは、


「マウス」ではなく「石鹸」です。




言葉は難しいけれど、
言葉なんて簡単なもんで、

例えば悲しい時、
言葉の「悲しい」は「悲しい」だけで終わるけど、
実際に自分の身に「悲しい」ことが起こったら・・・
と想像すると、それはもう辛いわけで、

痛い時だって、
言葉では「痛い」と記すだけ。
でも自分の身体が「痛い」かったら、
それも、ものすご~く「痛い」かったら、
その時にはこうやって、
パチパチとキーボードを打ってなんていられないわけで。

そこにある言葉が示すものを、
ひとつひとつ
自分の身に置き換えて想像してみると、
(本当にひとつひとつやったら身が保ちませんが・・・)

言葉がいかに簡単なものか、そして、
実際に示されているものとは別のものか、
ということが、よ~く実感されて、

何だかガックリくることがある。
Posted at 21:46 | ことば | COM(4) |
2007.07.10

1とか10とか




下は、とある宝石・時計店の広告コピーからの抜粋です。
ちょこっと話題になったらしいので、
ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。


『 時の商人 』

その商人は時を売っていた。

「いらっしゃいませ。時はいかがでしょうか?1分から承ります」

ある男は商人から1時間買った。

1時間買った男は、

それを読書の時間に使った。

ある女は1週間買った。

1週間買った女は、

それを海外旅行に使った。

「10年欲しいのだがね」

ある老人は商人に聞いた。

「お客様、10年だと、すこし値がはりますが」

「かまわん。10年ぶんよこせ」

10年買った老人は、

それを病気の妻に譲った。



これ、僕は好きです。
これを読んで、1とか10とかについて考えたことは、
人でも物でも、1時間や1週間位なら
一緒にいたいと思うことって、まぁ、あると思うんです。
でも、10年先を見通して、ずっと一緒にいたいと思うなら、
そこにはきっと、愛があるんだろうなぁ、と。

写真は、先日のと同じ写真集「LOVE ON THE LEFT BANK」より。
Posted at 00:33 | ことば | COM(10) |
2007.06.13

ちゃ




永却は瞬間にほかならず、

岡倉天心 「茶の本」より
Posted at 08:09 | ことば | COM(2) |
2007.03.18

今日の東京は、

まだまだ寒いけど、とてもいい天気です。

「 生きていく上では、重要なものとそれ以外があり、
  重要なことだけを押さえておけばよいと考えるのは、
  自らの思考の周りに人工のガラス瓶をつくるようなものである。」

  茂木健一郎 「脳と創造性」より



ということで、
ノッポンくんに久々にご出演いただきました。
(が、それは置いといて・・・)

例えば、
自分の好きなものだけを求め、
それだけでガチガチに身の回りを固めてしまうっていうのは、
ある意味「自分という範囲」から一歩も出ていない
という事にもなるのかも。

予定したことが、予定通りだけで済んでしまったら、
それはやはり「自分という範囲」内でしかなくて、
時としてそれは、とても窮屈。

だから、
いかに「それ以外」の侵入を拒まない自分でいられるか、
に憧れたりします。(それがまた難しいのですが・・・)


東京と違って、
新潟は雨天のとても多い地域です。
そんな土地で、もしずっと「人工のガラス瓶」の中にいれたら、
僕の大嫌いな雨を避けることはできるけれど・・・
陽の光も、風も、匂いも音も、きっとイマイチなことと思います。
Posted at 11:02 | ことば | COM(4) |
2007.02.18

自然と思う。

「 1歳から100歳までの夢 」という本が出ていますね。

僕はそのことを、友人のハナガラさんから聞いていて、
先日、書店で見かけたので、ちょいと立ち読みしてみました。

全ての人の「夢」を読んだわけではないけれど、
僕が一番印象的だったのは、やっぱり100歳のばあちゃんの言葉。
つらつらと短めの言葉で夢を語った後、最後に、
(つまり、その本の最後の言葉でもあります)

「 自然と同じかと思う。」

と仰っていました。
自然界に四季があるように、
自分の身体にも四季があることを感じると。

つまり、人間の身体は、
しっかりと自然に繋がっているのだということかな?

だとしたら、
それはきっと、おばあちゃんのことだけでなく、
「人間」全体のことなんでしょうね。
よく言われるけれど、僕たち人間だって自然の一部なんだし、
もっともっと大きな何かしらの流れの中の、
ほんの一点に過ぎないんだと言うこともできます。

今から約46億年前に、この地球の原型ができ、
そして約20万年前(だっけ?)に、ホモ・サピエンスが現れた。
それ以前の、数えきれない数の種の生成と絶滅を思い、
その途方もない時間の流れに思いを馳せるてみると、
昨今の、
例えばホリエモンとか、例えば納豆ダイエットとか、
そんなことは、もうホントにホントに、ど~でもいいことに思えてきます。
そんな暇があるのなら、少しでも自分の想いを、
このおばあちゃんの様に「自然」に触れさせていたいと思うのです。

アインシュタインは、
深く深く自然をのぞきこめば、
あらゆることがもっとよく理解できるようになるんだ、と言った。

それと同じ様に、
深く深く自分(人間)をのぞきこむことで、
もっとよく、自然のことが理解できるのかもしれない。

100年も生きたおばちゃんが、仰るんですから(笑)。
Posted at 12:04 | ことば | COM(2) |
2007.02.08

今日は、

正確にはもう「昨日は、」ですが、
茂木健一郎さんと音楽家の江村哲二さんとの対談を聴講。
お二人を拝見していて思ったことは、
「好きだから」じゃなく、「信じるから」やるんだってこと。

対談後の質疑応答時に、客席から
茂木さんのテレビ出演の多さを茶化す様な質問があった。
茂木さんは、一応の返答の後、キレて・・・ そして最後に仰った。
「もっとあなたの、信じていることについて訊いて欲しかったんだ」と。

とても、心に響いた。
Posted at 01:24 | ことば | COM(0) |
2006.11.22

ただ、抜粋。


子供の領分の中に、全てがある。
最高の知性を身につけ、洗練と博覧強記を追求し、それでいて、
公園でBB弾を見つけて喜ぶような、子供の心を忘れずにいなさい。
夢中になって遊び、気が付くと夕暮れだった、
あのような集中と強度を、そしてその後の弛緩のまどろみを持ちなさい。
そうすれば、世界はきっとその秘密をあなたに明かしてくれることでしょう。

茂木健一郎 「 やわらか脳 」より
Posted at 01:21 | ことば | COM(4) | TB(0) |
2006.11.16

その時々



「100回の失敗のあと、
 1回だけ成功する喜びって、
 プロには分からないだろうな。」

最近のニューバランスの企業広告のコピーです。

成されたことの質ではなく、
自分の中に沸き上がっている喜びそのものの質に寄添う。
それができる人、あるいは、それが在る光景は美しい。
そんなふうに、僕は受け取ります。

もっとも、プロにはプロの、
「素人には分からないだろうな」な喜びがある。
だからいつでも、その時にしか得られない喜び、
その時にしか感じられない感情を。

上の写真は、僕のnew balance(四代目)。
Posted at 07:13 | ことば | COM(8) | TB(0) |
2006.10.28

情報がいっぱい



こんな気持ちのいい休日には、
ちょっとしつこいけれど(笑)、またまた茂木健一郎さんの言葉です。

「 誰にも目撃されず、流通することもなく、
  ひっそりと息づき、ひっそりと消えていく。
  世界は、誰にも知られず生き、死んでいくマルオミナエシのように、
  決して流通することのない、もの言わぬものたちに満ちている。
  もの言うものたちのことは他人に任せよ。
  もの言わぬものたちのことをこそ思え。」

  茂木健一郎 「クオリア降臨」より (※マルオミナエシは貝の一種)

街を歩けば、黙っていても目に耳に飛び込んでくる情報がいっぱい。
人の手によって加工され、整理された情報でいっぱい。

広告の仕事をやっていた僕が言うものなんですが、
そんなものは、結構どうでもいいものだったりする。
それよりも、それよりも、
夏の終わり頃、草むらに置き去られた蝉の羽に、
幾千もの波との衝突をへ、
柔らかく優しく、その角を落としてきたシーグラスたちに・・・
(あ、自分の過去ネタからピックアップしてます)
そんな、決して言語化できない、決して流通し得ないものの中に潜む、
故に無限の情報の方にこそ感覚を開いてみる。

あれれ?そっれて、子どもたちの得意分野では?

疲れてる朝なんかに、こんな言葉に出会うと、
思わす涙が出てしまう今日この頃。歳のせいかな。(笑)
Posted at 12:46 | ことば | COM(9) | TB(0) |
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